渡り廊下まで来たところで、俺たちは校庭に人影があるのを発見した。迷い込んでしまった人間、というわけではない。その動きは明らかにぎこちなく、歪な存在であることを示唆していた。
「に……人形……」
僅かに捉えられた姿。木製か、はたまた特殊な金属加工を施しているのかは不明だが、滑らかなフォルムの関節人形。成人男性とほとんど変わらない程度の体躯をしたその人形が数体、校庭を彷徨い歩いていたのである。
「また、あのようなものが……」
過去にアツカから人形を見せられているヒデアキも、未だ現実を受け入れ難いようだ。
魂魄を詰め込まれた人形が地上を闊歩するだなんて、常識の中で生きる人間なら想像もつかないことだろう。
「……これが、アツカの計画なんだろうな。ゴーレム計画という名前から、予想は出来たけど」
「マキバさんが教えてくれた研究の一つ……人形に魂を込めるという実験」
「ああ。その研究はアツカにとって一番重要なものだった。その実験のせいで母を喪ったという、個人的な理由からな」
アツカは人形に魂魄を宿す手法を確立させることで、過去の失敗を乗り越えたいという思いがあるに違いない。ともすればそれは無意識下のものかもしれないが、彼女の行動に強く影響していることは確かだ。
「どれくらいの人形が、この学園に放たれたんでしょうね……」
「さてな……しかし、あの人形には魂が込められてるんだろ? なのに、まるでロボットみたいだぜ……あれじゃ」
「だからこそ、ゴーレムなんじゃないですか? マキバさんの話にもありましたけど、ゴーレムは確か主人の命令に従うロボットのようなもの。制約を守らなければ暴走してしまう、危険な存在……」
「……なるほどな」
ピグマリオンではなく、ゴーレム。
そう呼称する時点で、あいつの願いは滅茶苦茶に捻じ曲がっているのは明白なのだが。
それをあいつ自身が分かっていないなら、救いようのない話だ。
「もはや、あいつは実験の成功にしか興味がないのかね。完全な成功と、技術を思うままに利用する力……アツカが目指すのはもう、それだけなんだろうか」
「……そうあってほしくないと、私はまだ願っているがね」
如何に望みが薄くとも、ヒデアキさんはやはり父親としてその望みを捨てられないのだ。
俺ももしかしたら、心の奥底で何らかの救済を求めているのかもしれないが……いや、それは甘過ぎる。
アツカと俺はもう、あの瞬間に訣別したのだから。短い学園生活の全てを、偽りだと捨て去ったのだから。
「……今の校舎内はかなり危ない状況になってるんだろうが、さっさとアツカを止めに行かねえとな。こんなのはまだ序の口な気がする。実験はこれで終わりじゃねえ気がするんだ」
「ええ。慎重に、捕まらないように行きましょう。そして必ず、アツカさんを止めましょう……!」
人形の監視から逃れつつ、七不思議の解明へ。
一つ一つ着実にこなし、道を開いていかなくては。
*
七不思議は校舎全体に分布しているが、進行具合を分かりやすくするため、俺たちはメッセージの上から順にこなしていくことにした。
まずは『屋上から墜落する悪魔の首』。美術室に悪魔を模した小さな石像はあったが、普段ならただの作品だなと思うくらいで興味など沸かないものだ。
それがまさかGHOSTによって設置された仕掛けの一つだとは。……そういうものが、この学園にはいくつもあるのだな。
「……これだな」
高さ五十センチほどの石像。その頭部に細工がないか調べてみると、ネジのように回して取り外せることが分かった。早速頭部をくるくると回し、胴体から取り外す。どうも中は空洞になっているようで、想像以上の軽さだった。
そして、気になったのは音だ。頭部を動かしてみると、微かに金属のぶつかる音が聞こえる。中に小さな金属が入っていて、それが表層に当たり音を立てているようだった。
屋上まで行くのは面倒なので、俺たちは二階に上がって窓を開け、そこから地面に向かって勢いよく頭部を投げ落としてみた。
ガシャン、という小気味良い音とともに、石片が飛び散るのが見えた。
「……何か光ってるな」
「確かに、コインみたいなのが見えます」
人形たちに見つからないよう、一階に降りて校庭へ。一度は音を聞きつけて近づいて来た人形も、すぐにどこかへ去っていったようだ。
シグレが言っていたように、割れた頭部から出て来たのは金色に輝くコインだった。500円玉程度のそれなりに大きなもので、どんな金属で出来ているかは不明だが結構ずっしりとしていた。
「これが、鍵になるのかもしれないな」
「ええ。……鏡ヶ原での、二つの玉のように」
七不思議だというなら、合わせて7つのコインがあるのだろうか。とりあえず、一つ一つこなしていくしかない。
「……よし、この調子でやっていこう」
メモ書きの上から一つ目を線で消して、俺たちは次の七不思議を潰しに向かった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!