長い廊下を南下し続けて。
やがて突き当たりに一つの扉が見えた。
他の扉とは違う、重厚感のある鉄扉。
それはまさに、被験者を捕らえて逃さない監獄の入り口に相違なかった。
この扉にも非常用の鍵はあったので、中に入ることは問題なかった。ただ、これほど厳重な扉の向こうはどうなっているのかと恐ろしくなる。
錆びた音を立てながら、ゆっくりと開いていく鉄扉。露わになった闇の中にライトを向けると、そこにあったのは奇妙な光景だった。
「これは……」
一言で表現するなら、シンメトリ。
構造が左右対象になった廊下だ。
ただの直線廊下なら、シンメトリでもおかしくないだろう。
けれど扉の位置、モニターの位置、ライトの位置など全てが同一になっていた。
それに、もう一つ特徴的なことがある。
廊下のちょうど真ん中に白線が引かれ、左側が赤め、右側が青めの色に統一されているのだ。
だからこそこのシンメトリが意図的なものであるのは明らかなのだった。
「気味が悪いな」
「部屋も見てみるかい」
そう言ってマキバさんは、左手側の廊下の扉を開ける。
室内は、色が赤を基調にされている以外は至って普通の部屋だ。最低限の家具があり、人一人が生活していくには支障のないレベルだろう。
これだけだと、実験室という印象は持てなかったが、右側の部屋を案内されたところでようやく合点がいった。
左右の部屋も全てシンメトリになっているのだ。
「……この実験室では」
両側の部屋を見せ終えたマキバさんは、そこでようやく説明を始める。
「分割した魂魄を別々の部屋に隔離し、それぞれを観察することになっていた。あの研究員は別の呼び方をしていたけれど、研究員たちはそれを対比実験と呼んでいた」
対比実験。
分かられた魂魄の観察。それがこの実験室の役割だった……。
最奥に一つだけある扉の先は、シンメトリなレイアウトではなかった。どうやらここがモニタールームらしく、様々な機械設備が壁の端に設置されている。
「ここに研究員が常駐し、部屋の様子を観察したり記録を見返したりしていた」
「……あのガラス窓の奥は?」
シグレが部屋の奥側にある窓を指差す。どうやら薄い壁で仕切られていて、窓の向こうにも僅かにスペースがあるようだった。
「あれが、モルモットなんかを使った実験のための小部屋だ。試験を重ねて……いよいよ人間での実験を始めよう、というところだった」
「さっきの部屋は、やっぱり観察用の部屋なんですね……」
「部屋というよりは、牢屋みたいなもんだな」
「……かもね」
きっと、マキバさんにとっては胸を抉られるような言葉なのだろうが、膨れ上がる怒りはどうしても抑えられなかった。
もう何度思ったことだろう。
あまりにも、酷すぎる。
「……対比実験では三つの仮説が検証され、そして実証された。一つ目は、ゲノムを改造することでその魂の性質が明らかに違ってくるというもの。単純な改造実験でも分かってはいたんだけど、より明確になった感じだね。
二つ目は、分割された魂魄同士が近接しているときは、元の魂魄の性質に近づくというもの。要するに、善と悪に分割された魂魄も、近くに寄ればお互い通常に戻っていくということだ」
魂魄改造の影響が、どこまで色濃く現れるか。一つ目の対比はそういう意味合いがあるわけだ。そして二つ目が驚きだったが、もしかすると分割された魂魄というのは元に戻ろうとする性質でもあるのだろうか。
魂魄分割を受け、悪しき心だけを植え付けられた人間も、片割れが側にいれば救われた気持ちになるのかもしれない。
「……そして、最後の一つ」
マキバさんは、これが一番重要だと言う風に指を立てる。
「分割した魂魄の入る器が死亡、或いは破壊されたとき……生き残った側に、その全てが還元されるというものだ」
「それはつまり……分かれた魂が元に戻るっていうことですか?」
「プラス、どちらが経験した記憶も保持される。魂魄が元に戻った上で、分割されてからの二つ分の記憶がある、ということになるね……」
もしかすると、対比実験で最も注目されていたのはその点なのかもしれない。
合一された魂魄が如何なる存在なのかという命題。
一度は同じだったとしても、そこから分岐した別個の魂。
その道が再び一つになるとき、果たしてその魂魄は何者なのか……。
「今は聖痕もないから、ただの壊れた人形になっているのは間違いないけれど、あの人形には確かに魂が宿っていた。被験者たちは分割され、そして破壊され、元に戻されたんだ……」
「みんな……そんな酷いことを……」
「……すまない」
俺たちに謝っても無意味とは分かりつつも、マキバさんは頭を下げる。
「あの三つの人形は、僕が作ったものだ。あれが使われたんだと思うと、嫌な気持ちにしかならないよ」
「……三つ、なんですよね」
「ん? ああ……まだ製造するコストを下げられなくて、それが限界だったんだ。当時は三つしかできなかった」
「……じゃあ、マコちゃんとミコちゃんは、分割実験をされて……どうなったんでしょう?」
それは鋭い質問だった。シグレに言われるまで、人数についてはあまり考えていなかったのだが、場合によってはおかしなことになる。
「……そういえば、予定被験者は三人だったはずだけど、マコちゃんとミコちゃんも実験を受けてるわけだよな」
「……その辺りのことは何も聞いてないんだ。申し訳ない」
「そうですか……」
でもね、とマキバさんは補足する。
「ここにも、黒影館の研究室と同じように資料室があるんだ。ひょっとすると、実験後のレポートも誰かが書き残しているかもしれないし、知りたいなら行ってみるべきだと思う」
「……そうですね。俺もそこは気になります」
「GHOSTの情報も何かまた掴めるかも……資料室、行ってみましょう」
「ああ。そうしようか」
次なる目的地は資料室ということで一致し、俺たちは実験室を後にする。
……最後の瞬間、気のせいではあるだろうが、被験者となった魂の啜り泣くような声が聞こえた気がした。
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