「よし。いよいよ舞台へ、だな」
いつの間にやら先頭に立っているソウヘイが、まるでリーダーのような発言をする。まあ、誰がリーダーというわけでもないけれど。
「ですね。……因縁の地、といったところでしょうか。まさか鏡ヶ原だなんて」
「まさかソウヘイまで……って聞くのも野暮だよな」
一応俺がそれとなく経緯を確認すると、
「掲示板の貼り紙を見つけてな。正直、俺の探しものが見つかるとはあまり思ってないんだが……お前らが行こうとしてるなら、ついていこうとさ。頼もしいだろ?」
と、そこで軽くウインクをするソウヘイ。顔が良いから様になっているが、そういうことを自分で言うか、普通。
「……ま、来てくれたのは嬉しいけどな」
「やっぱり、人数は多い方がいいですもんね。別に、本当にお泊り会をしにきたわけじゃありませんけど」
「はは、そりゃそうだ」
ここに来た目的は、あくまでもGHOSTの、ランの野望を打ち砕くため。
今この瞬間が平和でも、いつ悪意が牙を剥くかは分からない。
「んじゃ、のぼり始めますか」
「おう。一角荘へ向けて出発だ」
声を掛け合い、俺たちは緩やかな坂道を上っていった。
一度坂道を上り始めると、もう人工の建物は姿を見せなくなる。駅前にあったコンビニを最後に、視界に入るのは木や土肌ばかりとなった。
快い風を身に感じながら、ゆっくりと歩く坂道。とても長閑な、仮初の平穏。
……そして。
二十分ほどかけて辿り着いた先に、それは佇んでいた。
木造二階建て、年数は経ているものの存外綺麗に保たれているコテージだ。
「ここが……一角荘か」
「……ええ」
神妙な面持ちで、シグレは答える。
「あれからほとんど変わってないです。二年も経つのに……」
鏡ヶ原事故の後、一時的にこの区域が立ち入り禁止となってから、訪れる人はめっきりいなくなっていたはずだった。
管理人もいないし、普通なら廃墟のようになっていて然るべきなのに。
一角荘は二年前と同じように存在しているという。
「怪しさ満点だが、怖気づいちゃいられないな」
「ああ。……さて、何が待ってるやら」
いきなり襲われることすら、覚悟はしておく必要があるだろう。
回避できるかどうかはともかく、心構えは大切だ。
俺たちは意を決して、一角荘の扉に手をかける。
そして、ゆっくりとその扉を開いていった。
「……おや?」
中から聞こえて来たのは、そんな緊張感のない声だった。
コテージ内のダイニングキッチン。広々とした部屋のソファに腰掛けていた声の主は、眼鏡を掛けた二十代後半くらいの男性だ。
「どうやら、新しい招待客みたいだね」
若干灰色がかった髪の男性は、読んでいた本をパタリと畳んでこちらへ顔を向ける。
その顔を見て、シグレの表情がさっと変わった。
「あ、あの……あなたはもしかして」
「……うん? そういう君は、確か蒼木くん、だったかな?」
「はい。……覚えているんですね、マキバさん」
マキバと呼ばれた男は一応ね、と頷き、
「僕にとって、あの企画は思い出深いイベントだったからさ」
そう答えて微笑んだ。
「……この人は?」
俺は交流があるらしいシグレに訊ねてみる。
「マキバさんは、鏡ヶ原で行われていたお泊り会で、引率役だった人です。ボランティアの人の中でも一番ハキハキしていた印象がありますね」
「アオキくんこそ、よく覚えているね……何だか恥ずかしいよ」
「まあ……あのときのことは、不思議と全部忘れられずにいますから」
「……そっか。まあ、それもそうだね」
楽しかった思い出もあるだろうが、それは全て最後の悲劇で塗り潰されてしまっているのだろう。結局心に残るのは、暖かなものではなく突き刺すような刺に違いない。
「事件の記憶、か。そう簡単に忘れられるものじゃあないよな」
「ええ……やっぱり、何人も亡くなりましたから」
黒影館を共にした仲間の友人も。
この鏡ヶ原で命を落としたと聞いている。
シグレもその集まりに参加した一人であり。
俺たちの中で最も心がざわついているのは察せられる。
「……ところで、マキバさんがどうしてここに?」
「おや、君のところにも届いたんじゃないのかい? この一角荘への招待状が」
「招待状……?」
意外な答えに思わず声が出た俺に、マキバさんはそうだよと答えて、
「君たちはアオキくんのお友達みたいだけど、見てないのかな。僕のところには、十月二十九日にこの一角荘へぜひ来てくださいという招待状が届いたんだ。だから、アオキくんにも同じものが届いたんじゃないか……と思ったわけさ」
なるほど、マキバさんがここへやってくることになった事情は俺たちと少し違っているらしい。
ただ、何れにせよ誘い込まれたのには変わりないだろうが。
今度はマキバさんがこちらの事情を聞いてきたので、俺は学校の掲示板に張り紙があったことを説明する。
簡単な説明が終わると、彼はそうかと小さく呟いて口元に手を当てた。
「まあ、つまりマキバさんは怪しげな招待状を読んでここへ来たと。……どうして誘われるままに来てしまったのか、気にはなりますけどね」
「懐かしくなって……というのじゃ駄目かい。たとえあの日、酷い事故が起きたという事実はあっても、ここは僕の大切な場所なわけだし、また一角荘が開かれたのならと、そう思ってやって来たんだよ」
俺の言葉に対し、マキバさんは淀みなくそう答えると、
「君たちの方こそどうなんだい?」
と、やり返すように質問を返してきた。
「……僕らは……」
「……ま、考え方は人それぞれだし、マキバさんの気持ちも分からないわけじゃないけどな」
シグレが答えられずにいたので、ソウヘイが助け舟を出す。俺が突っ込んだ質問をしたせいだし、それは申し訳なかった。
結局、マキバさんはありがとうと謝意を述べると、その話題を打ち切りにかかった。
「ま、ここに来たみんなに色んな思いがあるんだろう」
「……みんな?」
俺が首を傾げたそのとき、
「あら、また新しいお客さん?」
奥に見える廊下の先から、女の子の声が聞こえてきた。
驚く俺たちの前に、ひょっこりと顔を出す声の主。それは、見た目が瓜二つの、双子の姉妹なのだった。
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