幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

ex2.前哨戦②

公開日時: 2021年10月11日(月) 22:56
文字数:2,294

「二年前、僕は鏡ヶ原で起きた事故で、参加者としてそれなりにショックも受けましたし、詳細を聞かれたりもしました。その傷が癒えないまま、ぼうっとした状態で時間が過ぎて……あれは、ちょうど一ヶ月が経った日のことでしたね。

 その日、僕は相変わらずぼんやりしたまま、家に帰りました。でも、廊下に電気がついていなかったんです。鍵は開いているのに、電気を点けてないと暗い時間なのに。それで、どうしたんだろうと思って、リビングに向かい……倒れてる両親を見つけたんです」


たとえ家の電気が灯っていなくても、鍵が掛かっていなくても。その先に凄惨な光景が待つとは思わないだろう。それは脳のストッパーなのか、楽観的に考えてしまうはずだ。

 けれど……その考え通りにはならなかった。


「二人は、強盗にでも襲われたみたいに、包丁で斬られて……死んでいました。僕はそのありえない光景に、ただ茫然とするしかなくて。警察を呼ばなきゃ、と頭に浮かぶのにかなりの時間がかかりました。

 それから警察がやってきて、色々と捜査をして。僕も事情聴取を受けて……でも、何も答えられなくて。どうもそのときは、僕も結構疑われていたみたいなんですけど、それはすぐに晴れて。結局事件は強盗に殺されて、犯人は何も盗らずに逃亡、みたいな方針で捜査が進んでいったみたいです。

 ニュースにも、新聞記事にもなりませんでしたし、今も解決すらしてません。誰にも気付かれないまま、僕の世界だけはその日、一変したんです」


 それはあまりにも救いの無い事件だった。認知もされず、犯人も浮かばず。そうしてただ風化していき、シグレや周囲の数少ない知人だけが癒えない傷を抱えて生きていく。せめて犯人だけでも捕まっていれば、失った命は戻らなくとも気持ちの整理くらいはつけられたかもしれないのに。


「……そう、だったんだな。辛かったよな……」

「いやあ……正直言うと、未だに現実を受け止められてないというか。悲しいのは悲しかったんですけど……どこか、他人事みたいに見てる自分がいて。ちょっと、マヒしてるのかもしれません」

「シグレ……」


 俺が心配そうに名前を呼ぶのに、シグレは誤魔化すように笑いながら、


「実を言えば、両親は結構怖かったし、僕が学校でいじめられてたときも、放任主義だったからあんまり聞いてくれなかったし……まあ、それでも家族だったんですけど、ね」


 そう、どれだけ悪く言おうとも、結局は家族なのだ。生まれた瞬間からの繋がりが断ち切られること。近しい存在が消え去ること。痛みを感じるのはどうしようもない。


「多分、それもGHOSTの仕業だったんだろうと、この前の鏡ヶ原での一件でそう思わされました。多少なりともGHOSTに関わってしまった人間は狙われる……そんな気がしてしまうんです」

「俺も……いや、俺もソウヘイも同じことを考えてたよ。今回、あんな風に人質をとられて集められた関係者もいたわけだしな……」

「恐ろしい、方法ですよね……」


 鏡ヶ原の策略は、本当に冷酷なものだったと思う。今でもマキバさんやマコちゃんたちの死顔が忘れられなくて、眠れない夜もある。

 無論、それは黒影館事件にしてもそうなのだが。


「……なあ、シグレ」

「何です?」

「その事件のときに、何かGHOSTとか犯人の手がかりみたいなもの、見たりしてないか? 手がかりとは言わなくても……疑問に思ったこととかさ。ひょっとしたら……GHOSTのことを探る、ヒントになるかもしれないし」


 ヴァルハラのパーツは既に二つ、奴の手に渡ってしまった。今回はあちら側から招待状が来たわけだが、次はないかもしれない。ならば、手がかりを掻き集めるのは必要不可欠なはずだ。

 最後のパーツを手にし、恐ろしい装置が完成、作動する前に……その野望を阻止しなければならない。


「ううん……」


 シグレはしばらく記憶を辿るように唸った後、


「……ああ、一つだけ変なものが見つかってたはずです」

「変なもの?」

「ええ。なんというか、アクセサリーみたいなものですけど……小さな銀色の、十字架みたいなものが落ちてたらしいんです。両親が着けてるのを見たこともないですし、犯人のものかも、と思われてました」

「……十字架、か」


 思い返すと、黒影館と鏡ヶ原の研究施設には十字架のような装飾が飾られていたはずだ。そう考えると、GHOST、いや少なくともランの関わりは濃厚に思える。

 でも、何故そんなものを……。



「――正確には、鉤十字なのだろうね」


 不意に、俺たちへ声が投げかけられた。いつの間にか部室の扉は開かれ、そこに一人の男が立っている。声の主はその男だった。

 恰幅の良い、スーツ姿の男性。さっきも目にした、深く刻み込まれた皺のある顔……。


「あ、あなたは……」

「鉤十字と言えばその昔、ドイツの軍隊がシンボルとして使用していたマークだ。それに倣い、あの子は自身の身を置くグループにも、同じ様なマークを使わせたのだろう。恐らく、その組織と自身の計画とを重ね合わせていたのだ……馬鹿げている」

「どうして、あなたがここに……それに、今の話は」


 混乱し過ぎて纏まらないまま、目の前の人物に疑問をぶつけてしまう。けれど彼は嫌顔一つせず、きちんと答えを返してくれた。


「失礼した、まずは君たちに自己紹介をしなければならないな。私は京極秀秋、しがない学者だ」


 京極秀秋。鈴音学園の創立者であり、高名な物理学者である男。

 そして……。


「そして……君たちに接触し、何度も君たちを傷つけたであろう彼女……安藤蘭と名乗っていた、京極敦花《キョウゴクアツカ》の父親だ」


 彼は決意に満ちた目をこちらへと向けながら、その事実を告白したのだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート