幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

48.零号

公開日時: 2021年7月5日(月) 00:23
文字数:1,861

「……はは……はははははッ」


 冷笑は哄笑へと変わる。

 俺たちを見下したままの真犯人――ランは、一頻り笑った後でこう言い放った。


「やはりいいねえ、君は。それでこそ日下敏郎の……ふふ」

「……どうしてお前が、そんなことを」

「どうしてって。それは私がGHOSTの研究員だからに決まってるじゃないか。実験だよ、全てはね」


 ランの姿は今や、研究員に相応しき白衣になっている。

 しかし、その下は黒のTシャツにスパッツとちぐはぐだ。

 動きやすい服装なのか、単に悪趣味なのか。まあ、どちらでもよいことだが。


「お前が俺たちと過ごした半年間は何だったんだよ……全部嘘だったってのかよ!」


 俺の代わりに、ソウヘイが怒りを込めて訴えてくれる。

 だが、そんな訴えにもランは涼しい顔をしたままだった。


「君たちは勝手にそれを『本当』と思っていただけだろう? 私はその気持ちを汲んであげただけさ」

「てめえ……ッ!」

「……いいんだ」


 今にも飛び出しそうになるソウヘイを、俺が手で制す。


「ありがとう、ソウヘイ」

「でも、お前が一番……」

「もう、いいんだよ。それが……あいつだったってだけだ」


 何のことはない。全ては儚い幻影で。

 今あの場所に立つ彼女こそが、真実の姿なのだ。


「ふふ……いつばれてしまうか分からないゲームというのは、流石に緊張感があったよ。だけど、君が気付いたのは最終ラインギリギリのところだった。柳瀬千帆の事件のときにすぐ気付いていれば、また展開は違ったんだろうけどね。まあ、あの状況で疑いをもてるような悪人ではないのだし」

「……まさか、手当てをしていると見せかけて魂が抜かれていたなんてな。そして俺と長々話して……終わってから、死体と化したチホちゃんの体に、魂を戻したなんて。改造は一度に行われていると疑わなかった俺は、そのことに気付きもしなかった……」

「実際、それはハプニングだったんだよ? 君が長話に持ち込んだせいだ。結果、三十分以上間隔を開けてアリバイ無しの時間が二度あるのは私だけ。そこに気付かれるかどうかの緊張感が、非常に愉快だったよ」


 扉越しにランと話したあの場面が蘇る。

 涙を流していたものとばかり思っていた、あの扉の向こう側で。

 彼女は果たしてどんな顔をしていたのだろう?


「お前は、何を欲していたんだ。俺たちを弄る面白さか? それとも、そうすることで得られる何らかのデータか? ……いや、ヒカゲさんの残した暗号から見つけた何かか」

「はは、そうだよ。私の主要目的は、最初にも言った通りパーツさ。あの教会で使われた、素晴らしい機構のね」


 ――教会?


「まさか……」


 俺が驚きのあまり二の句を継げないでいると、ランは面白そうにニヤニヤ笑いながら、


「……日下敏郎という男は、自分の研究が何に利用されようとしているかを、知りませんでした。だから鏡ヶ原教会で沢山の命が弄ばれて、とても心が痛みました。そして、彼は強引に研究施設を閉鎖し、教会で使われた機構を解体して、三つのパーツを隠してしまったのです……と。そんなところだ」


 下手な芝居をするように、ヒカゲさんが苦しんだ鏡ヶ原の過去を明かしたのだった。


「やっぱり、あの人は優しい人だったんだな……良かった」

「私には良くないんだよ。そのせいで、今はGHOSTに見限られかけててね、何としてでもあの機構を取り戻さないといけないんだ。あと二つ……手間のかかることだよ、全く。場所は分かっているんだがね……」

「この館に俺たちを招き入れて閉じ込め、仲間が次々殺されていくという状況に追い込んで。何とか脱出するために、館を探索し謎解きをしていく。そういう『脱出ゲーム』の中に、お前は本当に解いてほしい、ヒカゲさんの暗号を紛れ込ませた。そして俺は筋書き通りに暗号を解き、お前はそのパーツを手に入れた……」


 初めから違和感のあった『探索』だ。使用人の日記などは明らかに用意されたものだったし、そこから続く暗証番号や各部屋の鍵なども見つかるように考えられて設置されている風だった。

 違ったのはヒカゲさんの残した暗号だ。恐らく最初から館にあったのはあれだけで、ランは暗号を解けなかったゆえに、仕組まれた謎解きとヒカゲさんの暗号を織り交ぜて解かせることにしたというわけだ。


「君に出会ったのは偶然だったけれど、少し調べれば君と日下敏郎の関係はすぐに判明してね。君なら解いてくれるだろうと、私はこの計画を実行に移したんだ……本当によくやってくれたよ、桜井令士くん」


 俺の名前を他人行儀に呼んだあと、ランは緩々と首を振って、


「……いや、やっぱりこう言おうか。零号プロトとね」

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