探索を始めたこの階層で、入れそうなのは配電設備室くらいだった。その他は認証以前に崩落で部屋自体が埋もれてしまっていたのだ。
配電設備は確かに重要な部分だが、モエカちゃんの言うメモなどこんなところにあるだろうか? 期待は薄いと諦めを感じながら調べてみたが、意外にも収穫はあった。
「……これ、手帳ですね」
シグレが小さな机の引き出しから見つけたのは、研究員の手帳だった。どうもメーターの点検か何かで、ここに留まって作業をする研究員もいたようで、私物が幾つか出てきたのだった。
「それか、あいつがわざわざ配置したのかもしれないが……どうだろうな」
遊びに走る傾向があるような気はするものの、まさに決戦というこの状況でどこまで仕込みを入れてくるだろう。
あまりふざけるつもりにもなれなさそうだが。
「アツカさんのことはともかく、パスワードは書いてありました。これで探索は進められそうです」
シグレが示したページには、確かに四桁のパスワードが記されていた。定期的に変えられていたのか、古いものは幾つか二重線で消されている。
これを入力すれば、システムの生きている扉は開けそうだ。
俺たちは早速、手帳を片手に資料室の場所を探し回った。ちょうど配電設備室と反対側に位置する場所に資料室はあり、幸運なことに認証システムも生きているようだった。
手帳に記されたパスワードを入力すると、システムはエラーを吐くこともなく扉を開いてくれる。一瞬、黒影館でのトラウマが蘇ったが、あの一幕が再現されなくて本当に良かったと思う。
開かれた扉の先。資料室は、崩落にも巻き込まれておらずほとんど無傷でそこにあった。
大量の本棚と、そこに並ぶ資料。別の施設にあったものと多少は重複するだろうが、新たな情報も眠っているに違いない。
「さて、手分けして調べるか」
「そうですね」
とりあえず、製本されているものではなくここで作成された可能性の高いレポートを優先することにし、俺たちは本棚を覗いて回る。
以前にも目にした風見照氏の著書もあれば、各地で起きた霊関係の事件をまとめた資料もある。こんな本に記された事件の中で、GHOSTが絡んだものは果たしてどれだけあるのか。或いは、自然発生した事件を後から霊的な視点で研究しているだけに過ぎないのか。
そんな風に考え事をしながら見ていくと、やがて一つの区画に辿り着く。スペースの全てが研究資料で埋まっている部分で、他が普通の本と混在しているのを考慮すると、ここは区別されているように思えた。
シグレを呼び、そのスペースにある資料を一つ一つ調べていく。どうやらこれらは、黒影館から鈴音学園まで、三つの研究施設で行われていた一連の研究をまとめた資料のようだった。
「閉鎖直前まで几帳面に記録してるヤツがいたらしいな。それなりに新しい日付のものもある」
「……ここでは、どんな研究を行ってたんでしょう」
「黒影館はゲノム改造……鏡ヶ原は魂魄分割と人形製造。そしてここは……」
ページを捲る。答えはすぐに現れた。
「……ヴァルハラ製造、そして人造魂魄生成……か」
「じ……人造魂魄」
「俺や、モエカちゃんの肉体に入っていた魂魄のことだな。なるほど……ここで研究してたってわけだ」
それだけではなく、ここは本部統括部門でもあったようで、ある程度手法の確立した実験は施設内で繰り返し行われていたらしい。人形どもが沢山蠢いていたのも、鏡ヶ原で行われていた研究がこちらで運用されていたから、というわけだ。
「……モエカちゃんに関する記録もある」
「ど、どんなことが?」
「彼女は人造魂魄を量産する際の、一種の見本としてあそこに繋ぎ止められていたみたいだ。彼女の魂魄のゲノム構造を元に人造魂魄を生成する。その中で出来た唯一の実用品が……あの子だったってわけかよ」
「……そんなの、酷い」
肉体を奪われ、そして魂魄までもが弄ばれ。
GHOSTに出会ってしまったがために、モエカちゃんはあまりに辛い運命を辿ることとなってしまったのだ。
俺たちができたのは、本当に最後の最後、悲劇の度合いを抑えられたという程度のものだろう。
それでも、何もできなかったよりかはきっとマシなのだけれど。
『将来的には人造魂魄を安価で量産し、人形に固着できれば、簡単にヒトの代替物となる。上手く用いれば単純作業の人材にも、或いは死を恐れぬ兵にもなり得るだろう』
この文章を書いたのが誰なのか、何となくの想像はついてしまう。
だから、この思想を現実に降臨させないためにも、俺たちは必ずあいつを止めなければならない。
ゴーレム計画。神をも冒涜する恐るべき計画を、絶対に阻止しなくては。
「……ん……?」
最後に取った資料の中で、俺は気になる記述を発見する。
「今度は何を?」
「……いや、こんな記録があってさ」
時系列的に最近の記録のようで、安藤副長という名称が出てくる。これがラン――つまりアツカのことを示していることは間違いないが、実際にGHOSTの資料で名前が出るとドキリとしてしまった。
「ここ……『魂魄分割の成功率は、先週の実験結果が活き格段に上昇。安藤副長の行った人造魂魄の分割は奇跡的なものだった』……そう書いてある」
「アツカさんが直接実験を行った……それも人造魂魄の、ですか」
「そういうことだな」
「……でも、人造魂魄って、それ自体の成功例がほとんどなかったんですよね」
「ああ……だから一瞬驚いたんだが、きっと施設内では多くの実験がなされて、幾つもの魂魄が生まれてたんだろう。徘徊する人形だって、全てが分割された魂魄ではないはずだ」
人造魂魄といっても、完全なモノだという記述はない。モルモットのように、実験用にある程度本物と近似したレベルのものが使われた、という可能性が高いだろう。成功例、と呼べそうなのは俺やモエカちゃんの体に入っていたあの子くらいしか思い浮かばないし、他にいたとしても極少数に違いないのだから。
「……際限なく人形の数が増えて行くなら。ゴーレム計画の行き着く先は、世界を滅ぼしかねない。恐らくは軍事転用……そうなる未来もアツカは見据えている。今止めなきゃ……俺たちが死ぬだけで済まされない事態になっちまう」
「……絶対に、止めましょう」
壊れた魂が、人形という肉体を伴って闊歩する世界。
虚ろなものたちに蹂躙され、何もかもが消え去っていく世界。
あいつの描く未来がそんなものかは知らないが、少なくとも俺たちはゴーレム計画の末路がそうなることを確信している。
だから、絶対にあいつの好きにはさせるものか。
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