幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

17.探索開始

公開日時: 2021年4月29日(木) 00:28
文字数:1,619

 探索を開始した俺たちは、まず使用人室を調べてみることにした。ブレーカーもここにあったし、各部屋の鍵なんかが置かれてある可能性も高い。

 日中も調べてはいたが、どうせほとんどのメンバーが全力じゃなかったし、新たな発見があってもいいはずだ。

 俺とチホちゃんは手分けして部屋を調べていく。小さな調度品から、本棚の書籍一つ一つに至るまで。その細かさが功を奏し、俺は他とは違う本を一冊見つけることができた。


「これは……」


 ハードカバーで他の本に混じると判別し辛いが、これはどうやら日記帳のようだ。中身は八割方空白だが、先頭の方には文章が綴られている。

 俺はチホちゃんを呼び、二人で日記を確認してみることにした。


『この館で働くことになり、日記をつけていこうと決めた。

 のんびり屋なので、いつまで続くかは分からないけれど、

 日課と思えるようになるまで頑張ってつけていきたい。

 記していくつもりなのは、日々の中での嬉しかったことや、

 はたらいているときの失敗談、などなど。

 作った料理のことでもいいかもしれない。

 りゆうもなく三日坊主にならないようしなくては。

 物置なんかに放置したりせず、使用人室に置いておこう』


 日記の書き出しはこんな感じだった。新米使用人の体験記みたいなところにみえる。

 ……しかし、どこか違和感のある文章だと、直感が訴えかけていた。

 とりあえず、続くページも読んでいく。その内容は最初に触れている通り、業務の内容や自己評価といったものに終始していた。ある意味では、中身のない文章。代わり映えのしない記録だった。

 ほどなく、文章が書かれた最後のページに辿り着く。そこには何ともわざとらしく、こんなメッセージが記されていた。


『キーボックスの番号が変わった。忘れないようにメモしておこう。503だ』


 この使用人がドジっ子だったのかもしれないが、大事な暗証番号をこんなところにメモしておくだろうか。それに、これが最終ページというのも気にかかる。

 加えて、最初の文章……。


「どうしましたか……?」


 不安げな顔で、チホちゃんが聞いてくる。彼女はまだ頭がうまく回っていないらしい。

 ここで更に不安を煽るようなことを言うわけにはいかない。俺は思い浮かんだ考えを自分の中だけに留めておいた。


「いや。暗証番号がここに書かれててさ。キーボックスを開けられそうだ」

「じゃあ、開けてみましょうか」


 部屋の奥の壁面取り付けられたキーボックス。取手の近くにダイヤルロックがあるので、その数字を指示通り503にしてみる。すると呆気なくロックは解除され、キーボックスが開かれた。

 各所の鍵がこの中に入っている……と期待したのも束の間で、中に入っているのは安物のプラスドライバー一本だった。


「何でこんなところに……まあ、何かの役には立つか」

「あっ、待ってください」


 俺が蓋をしめようとしたところで、チホちゃんが制止をかける。


「その蓋の裏……文字が」

「お?」


 言われて蓋の裏を覗くと、確かに文字のようなものが彫られていた。

 力任せに削ったようになっているその文字は、こんな風に読み取れた。


『NAME=PASS』


「それも、ひょっとしたら意味のあるものかもしれないですね……」

「ああ。ありがとな、チホちゃん」


 俺が感謝を告げると、チホちゃんは曖昧に笑みを浮かべた。どうにか笑おうとしても、心が伴わないような笑み。


「……この文章は覚えておいて、とりあえず別の場所を調べてみようか」

「……はい」


 使用人室の探索に見切りをつけ、俺たちは部屋を後にする。

 チホちゃんは変わらず、青ざめた表情でいた。

 俺だけが気付いたであろう、一つの異常。

 それを誰かに伝えるべきか、俺はいつまでも悩んでいた。

 ……新米使用人の日記と思われたあの本は。

 先頭の文章を縦読みすると、別の文章が浮かび上がるようになっていた。

 拾い上げた文章は、こうだ。


『この日記は作り物』


 それが意味するところまでは考察できないが、嫌な予感だけはどんどんと膨れ上がっていくのだった……。

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