探索を開始した俺たちは、まず使用人室を調べてみることにした。ブレーカーもここにあったし、各部屋の鍵なんかが置かれてある可能性も高い。
日中も調べてはいたが、どうせほとんどのメンバーが全力じゃなかったし、新たな発見があってもいいはずだ。
俺とチホちゃんは手分けして部屋を調べていく。小さな調度品から、本棚の書籍一つ一つに至るまで。その細かさが功を奏し、俺は他とは違う本を一冊見つけることができた。
「これは……」
ハードカバーで他の本に混じると判別し辛いが、これはどうやら日記帳のようだ。中身は八割方空白だが、先頭の方には文章が綴られている。
俺はチホちゃんを呼び、二人で日記を確認してみることにした。
『この館で働くことになり、日記をつけていこうと決めた。
のんびり屋なので、いつまで続くかは分からないけれど、
日課と思えるようになるまで頑張ってつけていきたい。
記していくつもりなのは、日々の中での嬉しかったことや、
はたらいているときの失敗談、などなど。
作った料理のことでもいいかもしれない。
りゆうもなく三日坊主にならないようしなくては。
物置なんかに放置したりせず、使用人室に置いておこう』
日記の書き出しはこんな感じだった。新米使用人の体験記みたいなところにみえる。
……しかし、どこか違和感のある文章だと、直感が訴えかけていた。
とりあえず、続くページも読んでいく。その内容は最初に触れている通り、業務の内容や自己評価といったものに終始していた。ある意味では、中身のない文章。代わり映えのしない記録だった。
ほどなく、文章が書かれた最後のページに辿り着く。そこには何ともわざとらしく、こんなメッセージが記されていた。
『キーボックスの番号が変わった。忘れないようにメモしておこう。503だ』
この使用人がドジっ子だったのかもしれないが、大事な暗証番号をこんなところにメモしておくだろうか。それに、これが最終ページというのも気にかかる。
加えて、最初の文章……。
「どうしましたか……?」
不安げな顔で、チホちゃんが聞いてくる。彼女はまだ頭がうまく回っていないらしい。
ここで更に不安を煽るようなことを言うわけにはいかない。俺は思い浮かんだ考えを自分の中だけに留めておいた。
「いや。暗証番号がここに書かれててさ。キーボックスを開けられそうだ」
「じゃあ、開けてみましょうか」
部屋の奥の壁面取り付けられたキーボックス。取手の近くにダイヤルロックがあるので、その数字を指示通り503にしてみる。すると呆気なくロックは解除され、キーボックスが開かれた。
各所の鍵がこの中に入っている……と期待したのも束の間で、中に入っているのは安物のプラスドライバー一本だった。
「何でこんなところに……まあ、何かの役には立つか」
「あっ、待ってください」
俺が蓋をしめようとしたところで、チホちゃんが制止をかける。
「その蓋の裏……文字が」
「お?」
言われて蓋の裏を覗くと、確かに文字のようなものが彫られていた。
力任せに削ったようになっているその文字は、こんな風に読み取れた。
『NAME=PASS』
「それも、ひょっとしたら意味のあるものかもしれないですね……」
「ああ。ありがとな、チホちゃん」
俺が感謝を告げると、チホちゃんは曖昧に笑みを浮かべた。どうにか笑おうとしても、心が伴わないような笑み。
「……この文章は覚えておいて、とりあえず別の場所を調べてみようか」
「……はい」
使用人室の探索に見切りをつけ、俺たちは部屋を後にする。
チホちゃんは変わらず、青ざめた表情でいた。
俺だけが気付いたであろう、一つの異常。
それを誰かに伝えるべきか、俺はいつまでも悩んでいた。
……新米使用人の日記と思われたあの本は。
先頭の文章を縦読みすると、別の文章が浮かび上がるようになっていた。
拾い上げた文章は、こうだ。
『この日記は作り物』
それが意味するところまでは考察できないが、嫌な予感だけはどんどんと膨れ上がっていくのだった……。
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