掛け時計の針は、午後十一時五十分を示す。
長い長いカード遊びにようやく終止符が打たれ、ランは俺たちに向けて高らかに宣言した。
「……さーて。それじゃあ、いよいよやりますか!」
「眠いんだけど……」
俺とシグレくんはランとは対照的にヘトヘトだ。あれからほとんど三時間以上トランプだのウノだのとさせられていたのだから、眠くもなる。
こいつの体力、精神力だけは賞賛するけど、なあ。
「馬鹿言ってないで、皆を集めるわよ! ようやくまぼろしさんを呼び出すんだから!」
まあ、彼女にとってのメインイベントは間違いなくここからだ。
やらなければ集まった意味もないので仕方がない。俺たちはランに続いて部屋を出る。
それから、三人で手分けして皆を呼ぶ集めることになった。
自分が担当することになったのはソウヘイの部屋。一番近くだ。軽くノックすると、気怠そうな顔つきのソウヘイがひょっこり顔を出した。
「賑やかだったねえ」
「主に一人がな。これからまぼろしさんを呼ぶんだとよ」
「へいへい、んじゃ行きますか」
幸いイベント内容は覚えていたようで、ソウヘイは文句も言わず付いてきてくれた。
二階の吹き抜け部分。女神像が置かれた場所に、俺たちは集合する。シグレくんがアヤちゃんを連れてきて、ランがチホちゃんを連れてきた。
これで六人になるわけだが……はて、後一人はどうしたんだろう。
「よし、皆揃ったってことで始めるわ!」
「こら、テンマくんはどうしたんだ」
「仕方ないじゃない。体調悪いって言ってるのよ」
体調が悪い、か。確かにテンマくんは今日一日、あまり調子が良さそうには見えなかった。疲れたと言って仮眠をとっていたし、寝覚めも悪かったのかお風呂でサッパリしたいと言って、その入浴中に謎の悲鳴を上げていたし……本来なら帰れば良かったのだろうが、この時間になったのならもう、ゆっくり休むのがベターだろう。
「すいません。部屋からも出てこなかったし、熱でも出したのかもしれないですね」
「チホちゃんが謝ることないわよ、全然」
一緒に来たということもあって、チホちゃんは少し責任を感じているようだ。
ただ、それはランの言う通り気にしないでほしい。
まあ、明日テンマくんに付き添って、早めに帰ってあげるのが吉かな。
「そういうことだから、この六人でやっちゃいましょ」
「うむ、もう時計の針も重なる頃だ。始めてもらおう」
「おっけー!」
パチンと指を鳴らして請け合ってから、ランは俺たちに説明を始める。
「じゃあ、皆にも手順を教えるからその通りにやってね。まず、皆で輪になって手を繋ぎます。それから目を瞑ります。最後に『まぼろしさん、まぼろしさん、どうか来てください』と繰り返し言います。すると、零時になった瞬間まぼろしさんが現れる、とのことです。以上!」
「思ったより簡単なんですね……」
というのはチホちゃんだ。他のメンバーも同感なようで、何人か頷いている。
オカルト話でよくある霊の呼び方は、案外簡単なものが多いし、まぼろしさんもその例に漏れず、というところだろう。
「ささ、無駄口叩いてないで、手を繋いで」
ランに急かされ、俺たちは円を形作って隣同士で手を繋ぎ合う。俺の左はラン、右はシグレくんだった。
こうやってぶつぶつと呪文みたく、まぼろしさん来てくださいと呟くわけか。なるほど宗教染みている感じはある。
「いくわよ、みんな」
一人、また一人と目を瞑っていく。
電気は点いているけれど、こうして目を瞑ると僅かに胸がざわついた。
隣から、ランの声が聞こえる。
「――まぼろしさん、まぼろしさん。どうか来てください」
まぼろしさん、まぼろしさん。
どうか来てください。
まぼろしさん、まぼろしさん。
どうか……。
単調な繰り返し。
幼稚なメッセージ。
こんなもので霊が現れるとは到底思えないような、ごっこ遊びに似た行い。
けれども全員が忠実にそれを行うと、不思議と恐怖心が沸き上がってくる。
トランス状態というのか、意識が恐怖の沼へと嵌まり込んで行ってしまうようだ。
幾重にも響く声の中で、俺はふと思い出す。
暗がりの中友人同士が手を繋ぎ合ったとき、知らない誰かが紛れ込んでいるという話。
ひょっとしたら、まぼろしさんの噂もそういう類のものではないのか。
この両手で握っているランやシグレくんの手が、いつの間にか知らない誰かの手になっているというような、そんな話――。
「きゃっ!?」
突然だった。
チホちゃんの短い悲鳴が聞こえてから、明確に異常だと気付いたくらいに。
世界から、瞬時に光が消えた。
どういうわけか、館内全ての電気が消えてしまったのだ。
「ブレーカーってどこにあるんだ、この館!」
「そんなの私は知らないわよ!」
あまりの出来事に、全員がパニックに陥る。繋いでいた手が乱暴に離され、不規則な足音が響く。
「お、落ち着いて! 下手に動いたら下に落ちるかもしれないので!」
「そこまで抜けてないわよ!」
「ご、ごめんなさいっ」
抜けてないとランは言うが、実際一番パニックなのは彼女じゃないだろうか。そのせいで、チホちゃんにも強く当たってしまっている。
何にせよ、落ち着いてこの停電をどうにかするのが一番だろうが、ブレーカーはどこにあるやら。使用人室とかその辺りだろうか。
「しかし、どうしてこんな――」
ソウヘイが口を開きかけたとき、それを遮る音が遠くから聞こえた。
音、というよりもそれは数時間前に聞いた声に似ている。
ああ、それは多分。
「今の、テンマくんの声です……!」
シグレくんが、答えを口にした。
そうだ、今のはテンマくんの悲鳴に違いない……!
「い、行ってみよう!」
電気が消えた以上ほとんど真っ暗だが、外からの月光でギリギリ足元までは見える。
移動できないほどではなかったので、俺たちはとりあえずテンマくんの部屋まで向かうことにした。
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