幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

20.紡いだ縁の重なる場所④

公開日時: 2021年11月4日(木) 20:06
文字数:2,755

 一通りの調査を終え、俺たちは資料室を後にする。

 情報は仕入れられたとは言え、次にどこへ向かえばいいかというような手掛かりは残念ながら手に入らなかった。

 先ほどのパスワードが別のところでも使えるかもしれないので、とりあえず認証システムが生きている場所を探すことにして、シグレと二人で廊下を歩いていく。

 何だか、少しずつ肌寒くなってきているような気がした。


「人形には会いませんね」

「アヤちゃんが引き付けてくれてるのかもしれないな」


 アヤちゃんは霊体だが、人形とて実験を行われた魂魄が詰め込まれたものだ。彼女の魂に干渉し、傷付けることは恐らくできるのだろう。

 その上で、彼女は囮になってくれた。逃げ道を確保してくれ、尚且つ時間を稼いでくれたのだ。頭が上がらない。


「……レイジくん、あれ」

「うん?」


 こんな話をしておきながら、早速人形でも現れたのかと身構えつつ、俺はシグレの指差す前方に目を向ける。

 しかし、予想に反してそこにあったのは薄ぼんやりとした光だった。


「あれは……」


 形作られるヒトの姿。

 霧のようなそれが、俺たちの見知った姿になるまでにはそう長い時間はかからなかった。


「……て……テンマくんに、チホちゃん……」

「あはは、面白い顔になってるよ、シグレくん。まあ、無理もないのかもしれないけれど」


 アヤちゃんに続き、黒影館で犠牲となった俺たちの友人、古野天馬くんと柳瀬千帆千帆ちゃん。

 二人はあのときと変わらぬままの姿で、俺たちに微笑みかけてくれた。


「久しぶりですね……お二人とも。ご迷惑、おかけしました」

「チホちゃん、謝っても仕方ないでしょ」

「ま、まあ一応……」


 過去の事件を巡り、色々と葛藤のあった二人だが、話し合う時間があったのだろう、以前よりも晴れ晴れとしている感じはする。

 黒影館での別れが悲劇的だった分、彼らの笑顔はとても救われるものに思えた。


「はは、仲がよろしいことで。……良かったよ」

「……うん。ありがとう、レイジくん」


 こちらこそ、と言いたくなるような再開の瞬間だった。





「……ということで」


 廊下を歩きながら、俺たちは情報交換を簡潔に行う。


「僕らもアヤちゃんと同じように、人形に魂をくっつけられてたみたいだね。最初は同じ場所で、ホルマリン漬けみたいにされていたんだけど、そこから抜け出して。それからしばらく、施設内を彷徨っていたわけ」

「でも……皆おかしくなってなくて、ほっとしました。改造っていう言葉のイメージって、すごく悪いじゃないですか。だから……そのままの私で、皆でいられて安心しました」

「アヤちゃんいわく……それは意思が強いから、らしいよ。二人も、強い意思を持ってたんだろう」


 俺がそう答えると、二人とも照れたように笑って顔を逸らした。


「まあ、閑話休題。いま二人は、ラン……いやアツカさんだっけ? 彼女を止めるためにここへ来たんだよね」

「そうです、彼女の実験を止めるために。全部を終わらせるために来ました」

「うん。……僕らも、何か手伝えないものかと思うのだけど、残念ながら知ってることはそれほど多くないからね」


 でも、とテンマくんは続ける。


「確か、ヴァルハラっていう装置のことは耳にしたかな。気になってちょっと調べたし……」

「ヴァルハラって、魂魄を一気に改造できるっていう装置でしたよね……どんな情報を?」


 シグレが訊ねると、チホちゃんの方が顔をこちらへ向け、


「ここにヴァルハラの本体だっていう大きな機械があったんですけど、ランさん……アツカさんが、その傍らで何度か呟いているのを聞いていて。合わせるのにもプロトの権限が必要なのか、とか……そう、確か両手に部品みたいなものを持って」

「……パーツか。なるほど、一つに合体させるのも、俺の認証が必要になるわけだ」


 ヒカゲさんは自身の研究が悪用されないよう、人造魂魄の零号、つまり俺にしか操作が出来ないようにしたらしい。彼からすれば『息子』とも呼べる俺に、その処理を委ねたというわけだ。


「僕、ひょっとしてアツカさんは、認証を外すような方法を編み出したんじゃないかと思ってたんですけど、結局そんなことは出来なくて、レイジくんを待っているのかもしれませんね」

「あいつがそんな女か? まあ、俺は絶対に力を貸すことはないんだけどさ。……認証ね。今更だが、どうするつもりなんだろうな」


 俺の意思に関わらない認証、つまり指紋などである場合、最悪は体さえあればいいと考えている可能性はある。あちらは俺の生死を気にしていないと想定しておかなければならないのか。


「でも、私はラッキーだ、なんてことも言ってました。少なくとも……その認証? のことは、どうにかできると考えてるような発言だったかと」

「ラッキー、か……」


 なら、この状況はどのような計算の下に導かれているのだろう。流石に、遊び心が全てというわけではあるまい。

 この最深奥で、奴は待っているはずなのだ。役者を全て揃えた上での、計画の完遂を。


「それからもう一つ。これは、どういうことかまるで分からないんだけど」

「……死体があったんです。機械の前に」

「し、死体……?」


 想定外の単語が出てきたので、俺もシグレも驚いて声を上げる。チホちゃんは軽く頷くと、


「はい。その、あまり見たくなくて……多分、骨になりかけていたくらいなので、容姿とかは説明できないんですけど。男性の死体だったと」

「……レイジくん。その人って」

「……まさか、ヒカゲさんなのか……?」


 装置に近付ける人間は、研究員の中でも更に限られている気がする。なら、候補としてまず思いついてしまうのはヒカゲさんだ。

 しかし……。


「誰なのかは、本当に分からないです。白衣とかでもなかったので、実際のところ研究員だったかどうかも」

「でも、ヒカゲさんなら白衣は着てないのも当然ですが」

「ハッキリしない以上考えても仕方ないけど、もしヒカゲさんだったなら……どういうことだろう。そこを死に場所に選んだってことだろうか……」


 装置を隠匿する旅の果て、巨大で動かすことの出来ぬ本体はそのままにしなくてはならないために、せめてその場所を守るように逝こうと、そう考えたのだろうか。……真相は、こちら側では分からない。


「とりあえず、僕らから言えるのはそれくらいかな。それ以外のことはむしろ、二人の方が沢山知ってきたんだと思うし」

「……ええ」

「あとは二人がアツカさんのところまで行けるように、微力ですけどお手伝いできたら、こうして再会できた意味もあります」

「そうだな。ありがとう、テンマくん、チホちゃん。……一緒に行こう」

「ああ。短いだろうけど、どうぞよろしく」


 テンマくんが手を差し伸べ、俺はその薄らいだ手と握手を交わす。

 霊だけれど、確かに存在しているのだと、その感触を確かめながら、俺は頼もしい仲間達と再び歩みを始めるのだった。

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