幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

21.黒の少女

公開日時: 2021年5月3日(月) 22:30
文字数:1,808

「疲れてない? チホちゃん」


 俯き加減なチホちゃんに、それとなく声を掛ける。

 大事な人を喪ったショックは、短時間で癒えるはずなんて絶対にない。マシになったように見えたなら、それはただ麻痺しているだけだ。

 現実に壁を作り、理解しないようにしているだけ。


「はい……大丈夫です」


 チホちゃんは、現実逃避はしていないようだった。

 強い子だ。事態を受け止めた上で、苦しみながらも俺に同行してくれているのだから。


「……ごめんなさい」

「謝ることなんてないさ」

「そう、ですね」


 どちらかと言えば、俺の方が謝るべきだろう。こんな館から、一刻も早くチホちゃんを出してやれればいいのに。

 訳の分からない謎解きゲームに翻弄され、館内をいつまでも彷徨ってばかりだ。


「……テンマくんは、霊に殺されてしまったんでしょうか」


 ぽつりと、チホちゃんは呟く。


「許してもらおうとしていたのに、まぼろしさん……タクミくんに、殺されて」

「まぼろしさんはただの噂だよ。きっと、怖いもの好きな奴らが作り出した噂だ」


 深刻になり過ぎないよう、なるべく軽い口調を意識しながら、俺はチホちゃんに告げる。


「仮に、ここに霊がいたとして。それがタクミくんの霊で、おまけにテンマくんを恨んでいたなんて考えすぎだよ」

「……ですかね」

「それに、もしも本当にタクミくんの霊と会えていたのなら……あいつは許されていたさ。勝手な意見だけど、俺はそう思う」


 全てを悪い方向に結び付けて、悲観する必要はないと。

 真実、俺はそう考える。

 それを実践するのは難しいこととはいえ。

 辛さを乗り越えるのに、その考えはきっと大事なことだ。


「……ありがとう、レイジくん。レイジくんは……優しい、ですね」

「まさか。無責任なこと言ってるだけさ」


 そう、他人にだから言えること。

 けれどまあ、言わないよりはきっとマシなことなんだろう。


「……ま、行くか」

「はい。頑張りましょう」


 やはり彼女の心は強いようで、さっきよりも幾分か、表情は和らいでいた。

 それを嬉しく思いつつ、俺はラウンジへ向かうために北へと足を向ける。

 渡り廊下から北西の回廊に続く扉を開けたそのとき。

 俺は自分とチホちゃん以外の足音が聞こえるのに気付いた。


「誰だ……?」


 暗い回廊。足音が聞こえるのは左側からだったので、俺はスマホのライトを左へ向ける。

 するとそこには、真っ黒な服装の少女の姿があった。

 アヤちゃんだ。

 

「おう、アヤちゃんか」


 軽く手を挙げ、アヤちゃんに呼びかけたのだが、彼女は俯き加減のままふらふらとこちらへ歩いてくる。


「……どうしたん、ですか?」


 少し様子がおかしいのに、チホちゃんも心配して声を掛けた。


「……ふふ」


 近づいてきたアヤちゃんの口から漏れたのは……笑み。


「……ふふふ……ははは!」

「お、おい……」

「私はようやく変われるんだ。その強さをやっと手に入れたんだ。これで――あ痛ッ」


 そこまでで、お仕置きチョップ。

 放っておくと歯止めが効かなくなりそうなので、頭に一撃お見舞いして彼女の言葉を止めた。

 割と強めに振り下ろしたので、アヤちゃんは頭を押さえて蹲る。

 しばらく苦しげな呻き声が漏れ出ていた。


「……大丈夫か?」

「何をする、かなり痛いぞ」

「いや、なんか悦に入ってたから……」


 あの高笑いが治まるのを待っていたら、何分かかるか分からなかったし、そりゃ手も出てしまうというものだ。

 あんまりこんなツッコミを入れたことは無かったが、まあ不可抗力ということで。


「それより、何か発見は」

「ふう。館のことでは、何も。だが……霊はいるよ」

「霊、か」


 アヤちゃんが最初から主張していたことだが、結果的に彼女の考え方が一番正しいのかもしれない。

 霊がいる。だから何が起こってもおかしくないんだと、予め構えておかなければならないのだろう。

 ……アヤちゃんは別に構えていなさそうだが。


「それに……」

「ん?」

「……いや、なんでもない」


 思わせぶりな言葉を呟くも、アヤちゃんはそれ以上何も言おうとしなかった。

 中二病な彼女でも、伝えるのに抵抗のあることがあるということだろうか。

 気にならないわけではなかったが、無理強いしても意味は無いだろう。アヤちゃんが言いたくなるのを待つことにする。


「……そうだな。情報共有もしておきたいし、一度落ち着けそうな場所へ行くか」


 俺の提案に、チホちゃんもアヤちゃんも賛同してくれた。

 というわけで俺たちは、ラウンジへ行くのは後にして、まずは席に着いて話のできる図書室へと向かうのだった。

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