「疲れてない? チホちゃん」
俯き加減なチホちゃんに、それとなく声を掛ける。
大事な人を喪ったショックは、短時間で癒えるはずなんて絶対にない。マシになったように見えたなら、それはただ麻痺しているだけだ。
現実に壁を作り、理解しないようにしているだけ。
「はい……大丈夫です」
チホちゃんは、現実逃避はしていないようだった。
強い子だ。事態を受け止めた上で、苦しみながらも俺に同行してくれているのだから。
「……ごめんなさい」
「謝ることなんてないさ」
「そう、ですね」
どちらかと言えば、俺の方が謝るべきだろう。こんな館から、一刻も早くチホちゃんを出してやれればいいのに。
訳の分からない謎解きゲームに翻弄され、館内をいつまでも彷徨ってばかりだ。
「……テンマくんは、霊に殺されてしまったんでしょうか」
ぽつりと、チホちゃんは呟く。
「許してもらおうとしていたのに、まぼろしさん……タクミくんに、殺されて」
「まぼろしさんはただの噂だよ。きっと、怖いもの好きな奴らが作り出した噂だ」
深刻になり過ぎないよう、なるべく軽い口調を意識しながら、俺はチホちゃんに告げる。
「仮に、ここに霊がいたとして。それがタクミくんの霊で、おまけにテンマくんを恨んでいたなんて考えすぎだよ」
「……ですかね」
「それに、もしも本当にタクミくんの霊と会えていたのなら……あいつは許されていたさ。勝手な意見だけど、俺はそう思う」
全てを悪い方向に結び付けて、悲観する必要はないと。
真実、俺はそう考える。
それを実践するのは難しいこととはいえ。
辛さを乗り越えるのに、その考えはきっと大事なことだ。
「……ありがとう、レイジくん。レイジくんは……優しい、ですね」
「まさか。無責任なこと言ってるだけさ」
そう、他人にだから言えること。
けれどまあ、言わないよりはきっとマシなことなんだろう。
「……ま、行くか」
「はい。頑張りましょう」
やはり彼女の心は強いようで、さっきよりも幾分か、表情は和らいでいた。
それを嬉しく思いつつ、俺はラウンジへ向かうために北へと足を向ける。
渡り廊下から北西の回廊に続く扉を開けたそのとき。
俺は自分とチホちゃん以外の足音が聞こえるのに気付いた。
「誰だ……?」
暗い回廊。足音が聞こえるのは左側からだったので、俺はスマホのライトを左へ向ける。
するとそこには、真っ黒な服装の少女の姿があった。
アヤちゃんだ。
「おう、アヤちゃんか」
軽く手を挙げ、アヤちゃんに呼びかけたのだが、彼女は俯き加減のままふらふらとこちらへ歩いてくる。
「……どうしたん、ですか?」
少し様子がおかしいのに、チホちゃんも心配して声を掛けた。
「……ふふ」
近づいてきたアヤちゃんの口から漏れたのは……笑み。
「……ふふふ……ははは!」
「お、おい……」
「私はようやく変われるんだ。その強さをやっと手に入れたんだ。これで――あ痛ッ」
そこまでで、お仕置きチョップ。
放っておくと歯止めが効かなくなりそうなので、頭に一撃お見舞いして彼女の言葉を止めた。
割と強めに振り下ろしたので、アヤちゃんは頭を押さえて蹲る。
しばらく苦しげな呻き声が漏れ出ていた。
「……大丈夫か?」
「何をする、かなり痛いぞ」
「いや、なんか悦に入ってたから……」
あの高笑いが治まるのを待っていたら、何分かかるか分からなかったし、そりゃ手も出てしまうというものだ。
あんまりこんなツッコミを入れたことは無かったが、まあ不可抗力ということで。
「それより、何か発見は」
「ふう。館のことでは、何も。だが……霊はいるよ」
「霊、か」
アヤちゃんが最初から主張していたことだが、結果的に彼女の考え方が一番正しいのかもしれない。
霊がいる。だから何が起こってもおかしくないんだと、予め構えておかなければならないのだろう。
……アヤちゃんは別に構えていなさそうだが。
「それに……」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
思わせぶりな言葉を呟くも、アヤちゃんはそれ以上何も言おうとしなかった。
中二病な彼女でも、伝えるのに抵抗のあることがあるということだろうか。
気にならないわけではなかったが、無理強いしても意味は無いだろう。アヤちゃんが言いたくなるのを待つことにする。
「……そうだな。情報共有もしておきたいし、一度落ち着けそうな場所へ行くか」
俺の提案に、チホちゃんもアヤちゃんも賛同してくれた。
というわけで俺たちは、ラウンジへ行くのは後にして、まずは席に着いて話のできる図書室へと向かうのだった。
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