沈黙を破ったのは、これまでに何度も聞こえていたあの地鳴りだった。
ただ、今までよりも音は小さく、それは女神像の動きが少ないからに他ならなかった。
俺の言葉が正しいと認めるように、像の両腕が僅かに動く。
そう、ここには確かにタクミくんの魂魄が宿っているのだ……。
「君は……ずっと苦しんできたんだろう。そんな体に縛られ、存在し続けなくてはならないことに。それで、この教会に近づいた者に襲い掛かっていた……そういうことなんだろうか」
また、女神像の腕が動く。
心なしか、先程の動きよりは大振りな感じがした。
「なんとなくですけど、そうじゃないって……伝えようとしている気がします」
俺もシグレくんの言う通りだと思う。さっきが肯定なら、違う動きは否定と考えていいだろうから。
「君の存在は分かってあげられたんだけど。君がどうして三人を殺したのかまでは……どうしても分からないな」
犯行方法は、幾つもの手掛かりから導き出せたけれど。
そこに至る動機までは、推測できる手掛かりはなかった。
「――そういうことだったんだな」
教会右手側の扉から、声が聞こえた。
ハッとして振り返ると、そこにはソウヘイがいた。
姿が見えないことに多少心配する気持ちはあったが、今までどこにいたのだろう。
今いる場所からして、研究施設にいたように思えるが。
「タクミくん、か。まさかチホちゃんやテンマくんが話していた子がこんなところで、こんなことになっているなんてな。マジでよ……酷い実験だ」
「ソウヘイさん……」
吐き捨てるように言ったソウヘイは、
「きっとこれが、救いの手立てになる」
と、ズボンの右ポケットから何やら長方形のものを取り出した。
「そ、それ……何ですか?」
「マキバさんは、オンボロだったが霊の空間を発生させる装置を部屋に残してた。その装置は、研究員に支給される簡易的な実験装置だったわけだ。
ここを出るために、装置を使って空間をどうにかできないかと調べてたんだが、今のレイジの話を聞いてふと思ったんだよ。黒影館であいつが魂魄改造の実験をしたように、この装置で魂魄操作もまた行えるんじゃないかって」
ソウヘイが不在だったのには、そういう事情があったわけだ。霊空間を解除することで、ゲームの舞台そのものを壊してしまおうと考えていたと。それも一つの解決策なのには違いなかった。
そして今、彼の行動は一つの救済にも繋がる。
「生憎エネルギーが足りなかったんだが、施設の中を必死に探して、それも見つけ出した。だから……これで終わりだ。この事件を終わらせて、お前の苦しみからも解放してやるから……!」
ソウヘイが手にした装置。GHOSTが作りし魂魄操作装置が光と音を発する。
ヴァルハラと呼ばれた大規模装置には遠く及ばないにしても、その力は魂魄一つを動かす程度なら可能なようだった。
女神像が僅かに振動し、内側から半透明の人影が姿を表す。霧のようなその影はやがて像の前に降り立つと、ハッキリとした輪郭を作った。
タクミくんの魂魄は今ようやく、女神像から切り離されたのだ。
「……あ……」
実験を受けたときの格好そのままなのだろう、彼の姿はボロボロだった。黒髪はボサボサで、衣服も所々破れている。ただ、その汚れ方はまるでコンピュータのバグのような、画像が劣化表示されているような雰囲気だった。俺は魂魄のルールを熟知しているわけではないが、長い時間の中で元通りの姿を保つのが難しくなっているのかもしれなかった。
「……そうか。これが私の、体だったんだな」
そう言って、タクミくんは自身の手をゆっくりと動かす。人間の動きを噛み締めるように。
「……はは……まさか本当に助けちまうとは。やっぱ流石だな」
「だろ?」
装置をブラブラさせながら、ソウヘイは誇らしげに笑う。
「ま、お前の推理がなきゃこうはなってないけどさ」
「有り難く受け取っとくよ」
褒め合いはむず痒いので素っ気なく返すが、そんな気持ちを見透かすようにソウヘイはまた笑った。
「二年経って。ようやくタクミくんの存在を気付いてあげられたんだ。良かったぜ」
「ああ。とにかくこれで、ちゃんと話せる。君がどうして三人を殺さなくちゃいけなかったのか、君の動機……君の思いを聞かせて欲しい」
俺が投げ掛けると、ぼんやりとした表情のままながらも、タクミくんは頷く。
そして、ポツリポツリと話し始めた。
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