北にある両開きの扉は渡り廊下に繋がっており、そこから建物の北側に向かうことができた。
続く廊下の壁には絵画が等間隔に掛けられ、その絵を見つめるソウヘイに出くわすことになった。
「よ、ソウヘイ。お前、ヒマだからってよくついてきたな」
「いや、ほら。この前ミス研から出てきたときのお前の顔見てたら、行ってやろうかなと」
「どんな顔してたのよ」
「ご想像通りの顔だよ」
俺が嫌味のように言うと、ランはむうっと頬を膨らませる。
いい年した女の子がそんな顔をするんじゃない。
「ソウヘイさんは、レイジさんのお友達なんですよね」
「ま、クラスが一緒ってだけなんだけどな。雰囲気が似てたから、話しかけやすかったって感じ」
「それが悲劇の始まりだった……」
「うるせえ」
割と強めに、ソウヘイの胸辺りに手の甲をぶつける。
こういうコント染みたことも、普段からたまに繰り広げていた。
「……ふふ、仲が良いんですね」
「あら、まさか妬いてる?」
「ち、違います」
羨ましい、なら何となく分かるが、ランは何故妬くなんてワードをチョイスしたんだ。シグレくんも混乱して目を白黒させてるじゃないか。
「とにかく、俺のことは気にせんでいいから、お前はランちゃんとドキドキ肝試しでも頑張ってくれ」
「うるせえ」
どうせならお前にランを押し付けていきたい気分だ。……そうなると、この混乱中のシグレくんと二人きりになってしまうのだけども。
まあ、他の奴にお守りは務まらないだろう。ランもシグレくんも、俺と一緒にいる方がいい、か。
「ついて来たんなら途中で帰んなよ」
「分かってるって」
「じゃ、また後でな」
「おう」
隊列に加わる気は無さそうだったので、俺たちはソウヘイに別れを告げ、そのまま図書室の中へ入っていった。
黒影館の図書室は、最早小さな図書館と言っても差し支えのない蔵書数を誇っていた。ほとんど天井に着きそうな、背の高い本棚がずらりと並び、その中にはぎゅうぎゅうに書籍が詰め込まれている。
無論、漫画のようなものは一切無く、あるのは小難しい参考書や小説だけ。それも翻訳されていない本物の洋書まで取り揃えられていた。
年代も様々だ。数年前に出版されたものもあれば、百年近くは前のものではないかと思ってしまうようなボロボロの書物もある。共通していることがあるなら、それは一般人の理解できるものではない、ということだった。
物音がするところからして、図書室にもどうやら先客がいるようだ。まだ会っていなかったのはテンマくんか。
果たして俺の予想通り、本棚から慎重に本を抜き出し確認しているのはテンマくんだった。
「や、テンマくん」
「ああ、レイジくんたちか。どうも」
テンマくんはそう返して、紳士的な笑みを浮かべてくれる。
「テンマくんってランと同じクラスだったっけ」
「そう。で、ランちゃんが教室で募集をかけてるのを聞いたんだ。『乞う、探索隊!』とかって」
「……お恥ずかしい」
「失礼ねっ」
ランはまたむすっとした表情になる。別に俺が恥ずかしがる必要はないのだが、どうもこいつの悪い情報を耳にすると自分も罪悪感が沸くのだ。
気にならなくなりたいものだな。
「はは……僕もちょっと、こういうオカルティックなのに興味があったし」
「結構怖がりに見えるけど、な」
「いやあ、否定はしないけど」
怖いもの見たさ、という言葉もあるが、テンマくんもそういうタイプなんだろうか。
どちらかと言えば、現実主義的な印象があるのだけれど。
「でも、すごいよね。ここにある本ってほとんど霊関係のものだよ。元の持ち主の人もよくこれだけ集めたよなあ」
「……だな」
「読んでみると結構興味深いんだ。ほら、人間の魂を改造するとかなんとか。改造された人には一目で分かる痣ができるんだって」
そう言いながら、テンマくんは手に持っていた本の一ページを示してくる。どうもその本は公に出版されたものではなく、著者が自ら書籍としてまとめたもののようだった。
「こういうのを沢山考えて本にまとめるのって、馬鹿らしいかもしれないけど相当の労力だよ。信じちゃいそうになる。……まぼろしさんも本当なのかな、なんて」
「安心しなさい! まぼろしさんは正真正銘ホンモノだから。夜になったらテンマくんも会えるわ」
自信たっぷりにランが宣言すると、テンマくんは勢いに圧されるように苦笑した。
「ボクはどっちかと言えば怖いですけど、ね。会いたいのか、いないことを確かめたいのか」
少し遠慮がちにシグレくんがそう言うのに、テンマくんは頷いて、
「そうだね。俺も半々ってところかな」
もしも会えたなら、それは驚くべき発見として誇れるだろうし。
会えなかったとしても、やっぱり噂は噂だったんだと納得できる。
とりあえず、宙ぶらりんの『噂』にケリを付けたいだけ、というところなんだろう。
少なくとも、俺が理由をつけるならそうなる。
「……会えるのかなあ、俺は」
そう呟くテンマくんは、いることといないこと、どちらでケリを付けたいと思っているのだろうか。
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