一角荘から北に伸びる上り坂の先。
幅の細い崖の先端に、その教会跡はあった。
崖自体が崩落のために中途半端にしか残っておらず、その真上にあった建物部分もまた、同じように崩れ去っている。なので、美しかったはずの教会はやはり心霊スポットと呼ぶ、のも頷けるような悲しき廃墟と化しているのだった。
長期に亘って放置されていたこともあり、屋根の一部も連鎖的に崩れている。その隙間からは、教会のシンボルらしき女神像の頭が覗き見えた。
「ここが……」
「……はい。GHOSTの実験が行われたらしい、教会の跡地ですね」
「……なんか、でけえ女神サマみたいなのが見えるんだが」
「あれが、教会のシンボル的なものなんだと思います。とても大きいし、人形みたいに精巧に形が作られてましたね」
人形のように、というシグレの説明が気に掛かり、詳しく聞いてみると、どうやら女神像は間接人形のように腕が可動式になっていたらしい。巨大な石像には違いないので、動かすのには相当な労力が必要になりそうだが、一応は祈りのポーズなどをとらせることも可能なようだ。
「しかし人形って……それ本当に女神像かよ」
「さあ……今になって思えば謎です。そもそもこの教会だって、本物なのかどうか」
「……もともとGHOSTのものだったかもしれねえもんな」
ため息混じりのソウヘイの言葉に、シグレはこくりと頷く。
いつの頃から教会があったのか。全く情報のないこの建物だ、GHOSTが建てたという仮説もあり得なくはなかった。
「さて、中はどうなってるのかね」
「入ってみましょう」
ここはシグレが率先して中に入っていく。俺たちもその後を追い、開きっぱなしの教会の扉を抜けた。
「中は……やっぱり廃墟みたくなってますね」
「西側は崖崩れのせいか壊れてたしな」
崩落した部分の瓦礫だけでなく、レジ袋やコンビニ弁当の外箱などのゴミも転がっている。心霊スポットとして有名になったか、噂を聞きつけた人間が荒らしていったことがよく分かる。
正直なところ、こうなってしまうと霊を感じるどころか人間の醜さしか感じられなくなってしまうのだが。
「……奥に、誰かいるな」
身廊の先、女神像の前で立ち尽くす人影。ステンドグラスの光が逆光気味に射し込んで見え辛いが、女性らしき人物の姿があった。
「あれが最後の招待客……かね」
「女の子……?」
身長は俺たちと同じか、少し低めくらい。淡いグリーンのコートを着ていて、下は長めのスカートだ。長い金髪を後ろで括ったポニーテールで、隙間から吹き込む風がその髪を撫でている。
……金色の、髪。
「……え?」
「……あ……」
同じ髪色の彼と彼女は、同じタイミングで驚きの声を上げる。
その表情すらも、性別の違いはあれど瓜二つのものだった。
「――お兄ちゃん?」
静寂の教会跡に、少女の震える声が響いた。
*
「……どうして」
殆ど言葉を発さないままでいたソウヘイが、教会を出てからやっと、そう呟いた。
「モエカが、こんなとこにいるんだよ」
モエカ。
その名は、ソウヘイの妹のものだった。
西条萌絵香。一年前に失踪し、彼が行方を追い続けていた家族。
それがまさか、このような場所で、このような形で再会することになろうとは。
「……私も、招待状をもらったから。一角荘への招待状をね」
「そういうことじゃない!」
長年の思い。
怒りや悲しみ、不安や迷い、積もり積もった感情を爆発させるようにソウヘイは声を叫んだ。
「どうして一年も連絡のなかったお前が……突然、こんなところに。突然消えちまったお前がよ……」
「……ごめんなさい、お兄ちゃん」
兄の焦燥した表情を見、モエカちゃんは困ったように顔を伏せながら言う。
「私も……そんなつもりは、なかったの。それでもいつのまにか、一年も経っちゃったのね」
「……何だよそれ。一体お前に、何があったんだよ……」
「……そうね」
溜息を一つ吐き、淀んだ瞳で妹は兄を見つめる。
話したくないこと。けれども話さなければならないこと。そんな葛藤めいたものが、彼女の瞳から感じられた。
「一角荘へ戻りましょ? 落ち着いた場所で話がしたいわ」
「……分かった。戻ろう」
いいよな、という風にソウヘイは俺たちをちらと見る。
特に異論のない俺たちはこくりと頷いた。
こうして、突如現れたモエカちゃんを含め四人、俺たちは再び一角荘へと引き返した。
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