幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

13.きっと、似ている

公開日時: 2021年9月11日(土) 20:35
文字数:2,225

「もう九時を過ぎましたね……」


 スマートフォンを見ながら、シグレがポツリと呟く。少し肌寒くなってきた客室内で、俺たち三人は何をするでもなく、時間を消費していた。

 一角荘内には小さな浴室が一つあったので、全員軽くシャワーを浴びて温まったが、それでもすぐに寒さを感じるくらいには、高原の夜は冷え込んでいた。


「未だに何も起きませんし……このまま夜が明けるなら、僕らはどうしてここへ招かれたんでしょうね?」

「その、夜になってからが怖えわけだけどな」

「……だな。怪しい奴に襲撃とかされなきゃいいんだが」

「それが怖いですよね。関係者を集めて……どうにかするつもりなら」

「そりゃあ、するつもりなんだろうよ。きっと」

「ええ……」


 黒影館の事件は【まぼろしさん】というでっち上げの噂を引き金として幕を開けた。深夜零時。まぼろしさんを呼び出す儀式の途中に館内は停電、封鎖され、そこから参加者は一人一人、非道な実験の犠牲となっていったのだ。

 今回とて、現状で動きがないから安心できるわけでは勿論ない。やはり、事件が起きるとすればそれは深夜になるだろうと睨んでいた。


「……それにしても、マキバさんが学者さんだったなんて知りませんでした。二年前に見たときは、そういう活動を仕事にしてる人かと思ったくらいですから」

「眼鏡外してれば確かに、そう見えないこともなさそうだな」


 料理の手際は良かったし、きっとアウトドアの技術も高いのだろう。こう言う場に参加していれば、シグレがそう思うのも無理はない。

 学者のイメージとは少しばかり遠い活動だ。


「……しかし、暇だわ。緊張感も緩んできそうだぜ」


 ソウヘイが欠伸を噛み殺しながら言う。確かに、緊張感は抜けていそうだ。他ならぬ俺だって、変化の無さと遠出の疲れで眠気が増してきている。


「ちょっと、下覗いてくるよ。片付け全部、マキバさんに任せちまったし」


 体を動かさないと、俺までソウヘイのように油断してしまいそうだ。


「お、優しいねえ」

「レイジくんは優しい人ですもん」

「変なこと言うな。……ま、行ってくる」


 二人にそう断って、俺は客室を出て一階に降りた。


「はあ……なんか、眠いな」


 コテージ内は静かだ。ダイニングへ向かったが、もうマキバさんの姿はない。

 どうやら、テキパキと片付けを済ませてくれたようだ。後で会ったらお礼を言っておくとしよう。

 ……それにしても、居心地が悪い。

 何かが始まりそうなのに、いつまでも焦らされている感じだ。

 気を緩めてしまいそうな自分に苛ついてしまう。

 ともすれば、それすらもあいつの作戦だったりするのだろうか。

 どうだろう。


「あら……サクライくん」


 ふいに、呼びかける声があった。

 顔を上げると、目の前にはモエカちゃんが立っていた。

 どうもさっきから隅の方にいたらしいが、気配がないので全く気付かなかったようだ。沈んだ表情を見られただろうし、少し恥ずかしくなる。


「モエカちゃん。夕食はもう?」

「ええ、勝手にいただいたわ。マキバさんが作ってくれたの?」

「ほとんどな。片付けもあの人が」

「……そっか。面倒見のいい人ね」


 だからこそ、ボーイスカウトのリーダーが務まっていたんだろう。

 子どもが好き、と語る彼の目は確実に本物だった。


「ねえ、サクライくん」

「うん……?」


 どうしたのか、と聞き返そうとしたとき、予想外のことが起きる。

 何を思ったか、突然モエカちゃんは俺のそばまでぐいと近づいてきて、上目遣いに覗き込んできたのだ。

 意図が分からず混乱する俺に、モエカちゃんは小さく告げる。


「私たちは……きっと、似てる」

「な……何……?」

「……ううん、何でもないわ」


 何でもない?

 それは明らかな嘘だった。

 でも、仄めかすだけを仄めかして、モエカちゃんはすぐに俺から離れていく。

 その動作には、隙が無かった。


「サクライくん、気を付けてね。二年前の事故以来、この鏡ヶ原には怪しげな噂が広まっているから」

「……噂?」

「そう」


 窓から夜闇を見やった彼女は、言葉を続ける。


「崩れた教会の、犠牲者たちの祟り。近寄る者たちに警告するような、恐ろしい呻き声が聞こえるという噂よ」

「犠牲者たちの呻き声……」

「……馬鹿馬鹿しい噂だけど、心には留めておいて。そして何かあったら、お兄ちゃんを守ってあげて」


 事故の犠牲者たちの呻き声。その噂は、まぼろしさんの噂と同じようにも感じられた。オカルトという蓋で真実を封じるような、或いはそれで以って関係者たちを誘い込むような。

 あいつはまぼろしさんの噂を使って俺たちを黒影館へ誘った。なら、同様の噂を話すモエカちゃんは? ……気にはなるが、彼女はその上で俺たちを心配してくれている。とてもゲームのホストには思えなかった。

 モエカちゃんはそのままくるりと身を翻らせ、入口扉を開く。

 夜風がひゅう、と鳴った。


「どこ行くんだ? モエカちゃん」

「ちょっと外の風にあたりにいくだけ。……じゃあ、ね」


 バタンと音を立て、扉は閉ざされる。

 状況を整理できないまま、彼女は言うだけを言って去ってしまった。


 ――あの子は、本当にソウヘイの妹なんだよな?


 ソウヘイ自身も、一年で様変わりしたと話していたが、経験云々ではない何かがあるような気もする。

 それが何かは判然としないが……とにかく彼女は異質だった。


「……戻るか」


 呆然としたままでいるわけにもいかない。彼女や彼女の話した噂については警戒するようにして、今はシグレたちと固まっておかなければ。

 こういうとき、孤立した者が消えていくのは事件の鉄則なのだから。

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