幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

6.黒影館の主

公開日時: 2021年4月17日(土) 20:36
文字数:2,016

 ふらふらと探索していると、いつの間にやら時刻は六時前になっていた。

 館前に集合したのが三時だし、この広い邸内なら時間は案外すぐに経ってしまうな。


「そろそろ食堂に行きましょっか。他の皆も集まってくるでしょ」

「了解。さっさと行くか」


 ランの言う通り、他のメンバーの姿はもう見当たらない。既に皆、食堂に集まっていそうだ。

 探索の始めに向かった東回廊に食堂があったはずなので、記憶を頼りに歩いていく。もし間違っていたらランかシグレくんが指摘してくれそうだし、深く考える必要はないだろう。

 特に問題なく、俺たちは食堂に辿り着く。予想通り他のメンバーは既に揃っていて、席に着いて仲良く談笑に興じていた。

 食堂はまさに貴族の食卓と呼べるような設えで、真ん中には十人以上が座れる長テーブル、部屋の隅には造花で飾られた花瓶や高級そうなカーテンが目につく。

 天井からは豪奢なシャンデリアが吊るされており、やはり電気が通っているため食堂内を明るく照らしていた。


「よしよし、皆揃ってくれてるわね」


 空いている席に着くと、ランは満足げに言う。


「それじゃあみんな揃ったことだし、晩餐といきましょ」

「各自持ち寄った弁当とかだけどな」


 探検のために持ってきた荷物と言えば、食べ物と懐中電灯、それにスマートフォンくらい。これでは探検というより遠足に近いな。

 各々弁当を取り出して、テーブルの上に置く。お茶はチホちゃんが大きめの水筒を持ってきてくれたらしく、用意していない人や足りなくなった人に提供すると言ってくれた。

 準備が整い、皆で手を合わせてから、食事が始まる。こうして同級生で集まって夕食をとるというのがなかったので、それは新鮮だな感じた。


「はいはーい、それじゃ食べながらでいいから館のことを整理してみましょうか。何か発見があった人っている?」


 自分もご飯を頬張りながら、ランは全員を見回して問いかける。食事くらい落ち着いて食べたいな、と思わないでもなかったが、他のメンバーは指示通り探索の成果を報告していった。


「ここ、案外開かない部屋多いんだよな。入口は開いてる癖してさ。だから、図書館とかくらいじゃねえ?」

「うん、ソウヘイくんの言う通り図書館には変なものがあったよ。霊に関する書籍あれこれ。なんというか、霊に対してすごい執着心があるみたいな揃い様だったな」


 開放されている中では確かに、図書室が一番の目玉だったかもしれない。まぼろしさんの噂云々よりも、むしろ図書室に並んでいた霊関連の書籍の方がよっぽどオカルティックなくらいだ。


「この館の持ち主はどこかの研究者だったらしいが、いつの頃からかここへ引きこもるようになり、そしてまたいつの頃からか行方知れずらしい。……恐らく、亡くなっているのだろう。彼はクサカという名前の男性だったらしいが、私もそれ以上の情報はない。胡散臭い噂が広まりすぎたせいで、事実が突き止めにくくなっているんだ」


 黒影館の事情について、アヤちゃんが簡潔に説明してくれる。それを聞いたシグレくんは、


「それだけでもすごいよ。ボクなんか、黒影館のこと何も知らなかったし。鈴音学園の割と近くにある建物だったのになあ」

「……知ろうと思えば、君にも出来たよ。ただ……逃げていただけなんじゃないか」

「……ええと」


 やたらと意味深な返し方をされるので、シグレくんは混乱して言葉を詰まらせてしまう。ちょっと面白い。


「シグレちゃん、まだ慣れてないのね。アヤちゃんはこういうところあるから気をつけるのよ」

「あ、はい」


 付き合い方が分かれば、まあ退屈しない子だけども。アヤちゃんに限らず、それはランも同じかもしれないか。


「とにかく、どこまで目新しい発見ができるかは分かんないけど、深夜になるまでは探索を続けましょ。流石にずっとは気が滅入るだろうから、休みながらでもいいしね。なぜかお風呂も使えるみたいだし」

「あー、あの大浴場ね」

「そうそう。勿体ないくらいに大きなお風呂だったわ」


 皆も大浴場は一度見に行ったらしい。風呂に入れるなら電気だけでなく水道やガスも通っていることになるわけだが、果たして本当にこの館は放置されているのだろうか。


「なんか、厚かましい感じはしますけどね。いくら主が消息不明とはいえ」

「気にしない、気にしない」


 ランはあくまでマイペースで笑っている。

 子どもの悪戯で全部済むならまだいいんだけど、な。


「……ま、この後も好きに探索すれば良しってことだな。俺ものんびり過ごさせてもらうよ」


 俺が言うのに、他のメンバーもそうだねと頷く。

 ランだけはのんびり過ごすのは趣旨が違うぞとばかりにこちらを睨んでいた。

 まあ、別にそれはいい。

 ただ、この報告会が終わる前に一つ、訂正しておくことがあった。


「……それから、アヤちゃん」

「んむ?」


 不意に名前を呼ばれたためか、少し高い声で反応する彼女に、俺はそれとなく告げた。


「さっきの研究員のお話だけど……その人の名前はクサカじゃないよ。日下ひかげって読むんだ」

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