一角荘の南側を捜索することになった俺は、さっきまで調べ回っていた物置小屋とは反対側の道を進んでいた。
マキバさんの話では、こちら側には小さな洞窟があるらしい。人が入れるレベルのものかは分からないが、物を隠すのには好都合な場所と言えそうだ。
良からぬものがないことを祈りたいが……。
「……霊空間、ねえ」
暗闇の丘。
スマートフォンのライトを明かりにしながらの探索。
相変わらず風は吹かないが、肌寒さはしっかりと感じる。黒影館では室内でこの空間に閉じ込められたわけだが、今回は丘全体が鎖されるという奇怪な状況だ。
橋が壊されたわけでも崖が崩れたわけでもない。けれども俺たちは、よくあるミステリのようなクローズド・サークルの只中にいる。
「昔は霊なんて、信じちゃいなかったんだけどな」
その他ならぬ俺が、人造魂魄などという非現実の塊みたいな存在だなんて。
それを突きつけられたら、否応なしに認めるしかないのだ。
自身の存在も、この状況も。
「……ん……」
幅の狭くなった道。片側には木々が、もう片側には岩壁が立ち塞がっている。どうやら洞窟はこの岩壁の割れ目に出来ているようだ。まだ人が通れる大きさほどではないが、亀裂のような部分を幾つか通り過ぎていた。
違和感に気付いたのは、道をしばらく進んでから。あるところで、地面に落ちた枝葉の数が増えたからだ。
どうも風雨によって落ちたとは思えない、強引に折られたようなものが幾つか落ちている。一目見ただけでも、それは不自然だった。
……そして。
スマートフォンの光を慎重に奥へと向けたとき、違和感は確信に変わる。
紅葉の色ではない、もっと深く暗い赤色が地面に散りばめられていた。
それは見紛うことなき――血痕。
「マコちゃんッ!」
まるで、ミコちゃんの死がそこに再現されているようだった。
血溜まりの中には、マコちゃんが仰向けで倒れていた。
その表情は信じられないものを見たかのように大きく目が見開かれ。
四肢はやはりあらぬ方向へ折れ曲がった状態で横たわっているのだった……。
「なんでまた……こんなことに……!」
脈を確認するも、当然ながら意味はない。
青褪め、動きを止めた彼女の身体は、そこにもう魂が存在しないことを物語っている。
彼女を救うことはできない。
できるのは、彼女を弔うこと、そして彼女に何があったかを紐解くことくらいだ。
俺は急ぎ一角荘前まで戻り、付近を捜索していたマキバさんに死体の発見を伝えた。それからシグレとも合流し、三人で現場へ向かった。
「……酷い、な」
口元を押さえながら、マキバさんは小さく呟く。シグレは言葉を発することもできず、ただ一歩後ろで涙ぐんでいた。
「君が見つけたときには……もう?」
「ええ……殺されて、間もない感じでした」
これだけの外傷があるのだから、他殺とみて間違いはないと思うのだが。
可能性があるとすれば……この岩壁の上から突き落とされたとか。ただ、今回の場合は有り得そうだが、ミコちゃんの事件は周囲にそこまで高低差のあるものはなかった。
「どうしてマコちゃんは、こんな場所で……犯人に呼び出されたんでしょうか?」
「どうだろうね……」
「……マコちゃんが抜け出したのは、どれくらい前だ?」
「えと、しばらく一角荘の中を探したから……レイジくんたちに会う十分くらい前です」
ここまで来るのに、徒歩で大体十分くらいだろう。周辺の地理に詳しいマキバさんに確認をとると、
「それくらいだね。一角荘を真ん中とすれば、上にある教会へも、下にある小屋やこの辺りへも、だいたい十分ちょっとかかる」
「……なるほど」
「鉢合わせしていれば、止められたんだけどね……」
「それは、仕方ないです」
このような事態になっているとは夢にも思っていなかったのだ。……それに、マコちゃんが正規の道を通った確証があるわけでもない。さっき考えていたように、岩壁の上から転落した可能性もあった。
改めて死体を確認する。腕や足は無造作に投げ出され、露出している肌のあちこちに痣が浮かんでいる。
頭はバックリと割れているのだろう、夥しい量の出血はどうやら頭部から流れ出ているようだ。
瓜二つの死体。
ミコちゃんもマコちゃんも共通した死に方なのには、何か意味があるはずだが。
「……あれ」
「……レイジさん?」
俺が首を傾げるのに、シグレが何だろうとばかりに訊ねてくる。
何が引っかかったのかと言えば、それはマコちゃんの腕から覗いている痣だった。
「やっぱり、この子は……」
打撲痕とは明確に違うと分かる痣。
俺の背中にも存在する、幾何学模様にも見えるような複雑な痣だった。
「……左腕の、服に隠れてた部分。ここに痕がある」
「痕って……聖痕ですか……!?」
「……ああ。魂魄が改造された証、消えない痕。やっぱり……マコちゃんたちも実験の被害者だったんだ」
事故の犠牲者として報道されていたのは、死者三人と行方不明者一人。だが、被験者が表面上何事もなく生還していたなら、報道されるわけもない。
つまり、橘姉妹は知られざる第五、第六の被験者だった……。
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