ガチャリと扉が開いて、ランが出てくる。
その目には泣き腫らした痕がしっかりと残っていたけれど、涙は拭い去られていた。
頬を染め、視線を泳がせながらも彼女は言う。
「その、まあ……ありがとね。あんたのおかげで……えと、やる気が出たわ」
「そりゃよかった」
「か、勘違いしないでね! ただちょっと、話してる間に気持ちの整理ができただけなんだから……」
「はいはい、分かってますとも。お前が見かけによらず繊細なこともよく分かってます」
「み、見かけによらずですって?」
突っかかってきそうなランを制止して、俺は続ける。
「だから、別に抱え込もうとするなよ。ミス研で駄弁ってるときみたいに……何かあればついててやるから」
「……馬鹿」
「はは、それで馬鹿はひでえな」
さっきよりも愛嬌のある馬鹿だったから、許しておいてやろう。
「……いけるか」
「もちろん!」
両手でガッツポーズを作り、ランは元気に答える。
その顔はもう、ほとんどいつもの彼女に戻っていた。
「それじゃ、本当に探索再開と行きましょうか。何か分かったら、すぐに知らせるから!」
「はいはい。だからといって、あんまり暴走しすぎるなよ」
「分かってますよ、だ!」
言いながら、バタバタと廊下を駆けるラン。
そのまま五歩くらい進んだところでこちらを振り返ると、
「……じゃね、レイジ!」
軽く俺に手を振って、再び走っていく。
暗い廊下だ、すぐにランの姿は闇の中へと消えていった。
「げ、元気になったな……」
かと言って突っ走り過ぎるのも心配になるのだが。
あいつのことだし、危険が迫れば大声を上げて逃げてくるだろう。
すぐに駆け付ける心積もりをしておいて、もし再会したら一緒に行動するようにしよう。
――さて、俺はどうするか。
ソウヘイとシグレくんにニガナの絵の捜索を頼んでいるし、どうなったかの確認に行くべきか。
まだアヤちゃんの客室にいるかもしれない。合流することにしよう。
アヤちゃんに割り振られた客室は、ちょうど廊下を北向きに進んでいったところにあった。
扉は半開きになっていて、中から声が漏れている。まだソウヘイたちがいるようだ。
一応警戒だけはしておき、俺は静かに扉を開いて中に入った。
「……よ、ソウヘイ。シグレくんも」
室内ではソウヘイとシグレくんが向かい合い、何か話し込んでいるようだった。俺の声に気付いた二人はこちらを向いて、
「……おう、レイジか」
「どうもです」
「ちょっと遅くなった。……二人で悩んでるみたいだけど、何か見つかったのか?」
俺が訊ねると、シグレくんはこちらに手を差し出しながら、
「はい。絵の裏には、次の暗号が隠されてました。その暗号で今悩んでいる最中なんです」
「……どれどれ?」
シグレくんの手中にある次の暗号。
最初の紙と同じく、古びた紙切れに書かれていたのは五文字のひらがなだった。
「ちはいこい……ねえ」
「残念ながら、俺たちのアタマじゃいい答えは浮かんでこなくてよ」
「手分けして思い当たる場所は探してみたんですけど、やっぱり駄目でした」
で、合流するため一度この部屋に戻ってきたということか。
確かに、ランとの会話にニ十分くらいかかったわけだし、二人がずっとこの場所に留まっていたりはしないか。
「んー……『にがなのえ』もそのままだったからな。これだけで場所を示してるんだろうけど……」
ちはいこい。この五文字が示すものとは何なのか。館内にそんなものがあるだろうか。
「大勢で考えた方がいいかもしれないですね。起きてればですけど……チホちゃんにも考えてもらいましょうか?」
「そうだな……どちらかと言えば調子も気になるし、チホちゃんの部屋へ行ってみるか。まだ寝てたら、ランを引っ張ってきて考えさせよう」
「ほいよ」
特に異論もなかったので、俺たちはチホちゃんの客室へ移動することにする。
ちはいこいというワードに、チホちゃんが何か閃いてくれたらいいのだが。
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