外から見ただけでもかなりの規模があることは分かっていたが、実際に中を探索してみると改めて広さに驚かされる。
玄関ホールから建物の右へ進んだ先は回廊になっていて、他の部屋に繋がる扉が幾つも並んでいた。
館の構造はナナメに対照的になっているようなので、同じような回廊は北西部分にもあるに違いない。ぐるりと回るだけでも二、三分かかりそうな廊下が南東と北西に配置され、それが二階分。数十人が押し掛けてパーティできるような建物だな、これは。
とりあえず一つ一つ扉を開け、どんな部屋があるのかを確かめながら進んでいく。すると最初の突き当りを曲がった辺りで、アヤちゃんに出会った。
「……レイジたちか。ここは霊の気が満ちているな」
開口一番、アヤちゃんらしい一言を放ってくる。
無論、半分ミス研状態で彼女とよく話している俺なので、扱いは理解していた。
「流石アヤちゃん。霊感はバッチリだな」
「なんで私とアヤちゃんの扱いが違うわけ?」
「さーて」
ランは褒めると余計に面倒臭いことになるんだよ、とは言わないでおく。
その辺りは自分で考えてほしいものだ。
「ところで、シグレくんとアヤちゃんはどういう関係なんだ?」
集まった当初から気になっていたが、正直オカルトマニアのアヤちゃんと引っ込み思案なシグレくんが友人関係というのは不思議だった。
意外にシグレくんもミス研向けの人材なのかなと思っていると、
「偶然図書館で一緒にな……よく同じ席に座っていたんだ。それから関係が続いている」
「……なるほど」
図書館、か。それならイメージは何となく浮かぶ気がする。読んでいた本はまるで違うものだとして。
いずれにせよ、良好な関係であるならいい。
「シグレくん、仲良くしてやってくれよ」
「は、はい。ボクも、仲良くしてもらいたいです」
「うむ。数少ない同類だからな」
「……同類、ねえ」
それはきっと、共通の趣味を持つという意味ではなく。
その性質から、他者との付き合い方が掴めない者同士の拙い繋がり。
だったら俺は、彼女らの不器用な繋がりをなるべく強めてあげられればと。
柄でもないことを思ってしまう。
「じゃ、引き続き探索楽しんでな」
「ああ、レイジたちも」
近くの扉を開き、部屋へ入っていくアヤちゃんを見送って、俺たちも探索を再開する。
建物の東端にあたる部分に上階へ向かう螺旋階段のある尖塔があったが、まずは一階部分を一通り調べたかったので後回しにしておいた。
一階東にある部屋は、食堂、トイレ、使用人室に浴室。風呂はご家庭にあるようなものではなく、旅館の浴場のように男女分かれている本格派だ。個人の邸宅にこんなレベルのものがあるとは思わなかったが、これを設えた人は相当な風呂好きだったのだろうか。
東回廊をぐるりと回って最後の部屋。扉を開けるとそこは応接室のようで、豪奢なソファやガラスのテーブルが真ん中に置かれており、壁際には桐で作られた棚、その上には何らかの賞を貰ったときのものだろう、キラキラ光る金色の盾が幾つか並べられていた。
この部屋には先客がいた。チホちゃんだ。最初はテンマくんと探索に出たはずだが、どうやら手分けして探すことにしたらしい。
彼女は応接のソファには座らず、黒革の部分に手を触れたまま、物憂げに中空を見つめていた。
「やあ、チホちゃん」
俺が呼び掛けると、チホちゃんは夢から覚めたかのように目を見開き、こちらに視線を向けた。
「あ、レイジさん……ランさんにシグレさんも」
「探索は順調?」
「まあ。……ここ、電気が通ってたりして、空き家とは思えないですね」
そう言えば、この応接室は蛍光灯が点いている。スイッチさえ押せば他のところも明かりは点けられそうだ。
無人の館なのに電気が止まっていない。ただ単に口座から電気料金が引き落とされ続けているからなのか、或いは。
「人の魂って電気信号だって話もあるし、ひょーっとするかもね?」
「こら、おどかすな」
探索の目的は確かに霊探しだけども、無闇に脅かすのは駄目だぞ、ラン。
「……チホちゃんは、テンマくんに誘われて?」
「はい、行ってみたいと言われまして。親からは反対されたんですけど、押し切ってきちゃいました」
「……そこまで?」
「ウチはちょっと厳しいですから」
厳しくない家なら認めてくれるような言い方だが、年頃の女の子がお泊りというのは、基本的にどの家もNGな気がする。
「テンマくんについてきちゃう辺り、ひょっとしたらって疑っちゃうけど?」
「ラ、ランさん……」
遠慮のない質問にチホちゃんは困り顔になりながら、
「うーん、そういうわけじゃないんですけど。……まあ、テンマくんのしたいことに、一緒についていきたかったってことです」
「ふーん……」
テンマくんのしたいこと、か。
なら、テンマくんにはまぼろしさんに会う目的があるのだろう。
後で出くわしたら、聞いてみることにしようか。あまり他人には話したくない内容かもしれないけれど。
「まぼろしさんの噂、本当なんでしょうか。本当なら、いったいどうなるんでしょうかね……」
そう呟くとチホちゃんは、最初のときと同じように遠い目をするのだった。
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