鈴音町から電車に乗って数駅。
町外ではあるものの、京極家は存外近い場所にあった。
放課後にやってきているため、時刻は既に午後五時。冬の空は茜色を過ぎて、少しずつ藍に変わり始めていた。
周辺でもそれなりに大きな、庭付きの一戸建て。一番目を引くその住宅が京極家らしく、京極さんは俺たちをその中へと案内してくれた。
妻を亡くし、娘を失った男。
たった一人残された彼が住むには、この場所は大き過ぎると少し切なくなる。
鍵を開けて中へ入ると、長い廊下と上り階段があった。京極さんは廊下を進み、
「まずは、リビングに行こうか」
振り返って俺たちに告げる。
「はい、分かりました」
俺もシグレも素直に頷いて、後に続く。
廊下は左に折れていたが、途中の扉がリビングに繋がっていた。隣のキッチンと仕切りがない広々とした空間で、家族で団欒するには良い場所だと思える。
京極さんは、リビングの真ん中にあるテーブルに俺たちを案内し、人数分の茶を用意してから席に着いた。
「……さて」
軽く咳払いをしてから、彼は口を開く。
「長くなるが……あいつの話を聞いてもらうとしよう」
「ええ。聞かせてください。俺たちもそれを望んでいます」
「……うむ」
カチリと、白磁のカップが音を立てる。
それから、京極さんは僅かに顔を左へ向けた。
「……トロフィーに、表彰盾まであるんですね」
彼が見やった方向には、その功績を称える記念品の数々が、ケースに収められている。
全てが京極さんのものとばかり思っていたのだが、
「あのトロフィーはアツカのものだよ」
というので、俺たちは少しばかり驚いた。
「科学部コンテストの最優秀賞。幼い頃のものだが、持ち帰ったときのことは今でも記憶に残っている」
「昔から、頭が良かったんですね」
「そんな素振りなんて、少しも見せなかったのにな」
元気だけが取り柄という風を装って。
そのほとんどが、虚飾でしかなかった女。
笑顔の裏ではその知性から、様々な計画を練っていたのだろうか。
なのに、俺たちは何一つ気付かずに。
「ふ……どうもいけない。歳をとると、昔のことを思い返してばかりになってしまう」
しばらくトロフィーを見つめていた京極さんは、苦笑交じりに言いながらこちらへ向き直る。
「まだ何も起こらず……平穏に過ごしていた私たち家族のあの頃が、懐かしいものだ」
「その頃のアツカさんは……」
「元気で、直向きな子だったよ」
元気で直向き。それは俺たちと過ごしていた彼女の振る舞いとも合致する。
ひょっとしたら、彼女が演じていたのは自身の過去の亡霊だったのかもしれない。
「ただ、その直向きさゆえに誤った道を進んでいってしまったのかもしれないがね」
「……なるほど」
一際重い溜め息の後、京極さんは語り始める。
「全ては六年前に決まってしまった。六年前のあの日、全ては壊れてしまったのだ……」
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