「お邪魔しますー……って、あ!」
ガラリとスライドドアが開いて、そんな声が聞こえてきた。
「駄目ですよ、レイジくん。プライベート覗くのは」
鼻息も荒く部屋に入ってきたのはシグレだった。ソウヘイと同じく黒影館事件を生き残った仲間だ。
ただ、彼は事件の最後に連れ去られ、背中に大きな傷を負わされてしまった。今はほぼほぼ完治しているようだが、それでもあの時もっと早く気付けていればという後悔がよぎることは間々あるのだった。
「よう」
「よう、じゃないです。アヤちゃんのプライバシー侵害ですよ」
怒っている理由はそれらしい。確かにシグレくんの言うことは尤もだ。仮に俺が勝手にパソコンやスマホの中身を見られたとしたら、怒らないわけがないし。
それに、シグレくんが気にするのは多分、アヤちゃんが彼に取って数少ない友人だったこともあるのだろうな。
「なんか情報でもないかと思ったんだよ。もう見ません、約束いたします」
「まったくもう……」
「はは、ちょっとランっぽくなってきやがったな」
「はあ……まあ、それがいいならいいんですけど」
怒られて嬉しいという意味で言ったわけでは勿論ない。シグレくんもそのニュアンスは汲み取ってくれているだろう。
「あ、それよりレイジくん。ちょっと、気になることがあるんです」
「気になること?」
はい、と頷くまではすぐだったものの、そこからシグレくんはどう言ったものかと呻吟する。
「おかしい、というかなんというか。そんなことあるわけないのに……みたいな」
「それはオカルトだな」
冗談混じりにそう相槌を打ちつつ、
「よく分からんけど、聞かせてくれるか?」
「もちろん。ついてきてください」
そう言ってシグレくんは部室を出る。そんな彼の後に続いて、俺は本館の方へ向かった。
渡り廊下を過ぎ、本館二階へ。そこから中央階段を上がり、三階の最西端までやって来る。ここは家庭科室前なので、授業で移動がない限り生徒はほとんど近づかない場所だ。
そんなところに何があるのかと訝しむ気持ちもあったが、
「これなんです」
とシグレが指差すものを見た瞬間、俺の疑問は氷解し、代わりにある種の核心が芽生えた。
「……おかしいでしょう」
「……おかしいというか、ツッコミどころ満載というか。なんだよ、この怪しさ満点の貼り紙は」
掲示板に貼り出された幾つものお知らせ。
そのほとんどは学校からの注意喚起や部活動の勧誘なのだが、一枚だけ明らかに異質なものが掲示されている。
【鏡ヶ原での一泊二日。豊かな自然を体験しませんか?】
素人がワードなどで作成したのが丸分かりの宣伝は、そんな見出しで始まっている。詳細を見ても主催者情報などは何もなく、ただこの企画の開催日時だけが記されているだけだった。
こんな情報不足な案内では、普通の人なら訳が分からないとスルーしてしまうだけだろう。
けれど、他でもない俺たちにだけは、この宣伝が持つ意図を察することができた。
「いくら二年前だとはいっても、鏡ヶ原の事件を知らない人はこの町にはほぼいないでしょうし、そもそもあの事件以降、一角荘は誰にも貸し出されてないんです」
「……なるほど、な」
眼前に掲げられた、あってはならないはずの企画。
それは決して、全生徒に向けられたものではない。
「何が鈴音学園のみなさま、だ。これは……招待状じゃねえか」
「……僕も、そう思います」
ごく一部の者たちへ向けられたメッセージ。
鏡ヶ原という因縁の地で、何が行われていたのかを知る者たちへ。
俺たちは知っている。
GHOSTなる組織が、あの女が、鏡ヶ原でどんな実験をしていたのかを……。
「……一角荘へ行ってみますか?」
ピンと張り詰めたように硬い声で、シグレは問いかけてくる。
その言葉に対する答えなんて、たった一つしかあり得なかった。
「はは、シグレ。分かってて聞いてるだろ」
「……まあ、そうです」
はにかむ彼に、俺は拳をぐっと握りしめて答える。
「誘いに乗ってやろうじゃねえか。ちょうど探してたところに、向こうからコンタクトをとってくれるなんてありがたいこった」
誘い出す目的は分からない。
どうせまた、悪趣味な探索を行わせようとしてくるのかもしれない。
だが、それでもこれは向こうが出してきた尻尾だ。
どれほど危険でも、その尻尾を掴まない限り奴らを捕らえる事などできはしないから。
「行こう、一角荘に。GHOSTに好き勝手させないため、ヒカゲさんの残したもの……その手がかりでもいいから、見つけるために」
「……はい!」
相棒は、力強く請け合ってくれる。
俺はその返事に勇気を貰う。
企画の日程は十月二十九日、十月最後の土曜日。
待っていろ、ラン。俺たちは必ず犠牲になった者たちの仇を取り、そしてヒカゲさんの装置を破壊してみせる。
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