幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

16.紡いだ縁の重なる場所①

公開日時: 2021年10月31日(日) 20:01
文字数:3,456

 階段をほとんど全速力で下りきり、俺たちは僅かの時間だけ、上を振り返る。

 足音は一つも聞こえない。人形も、ヒデアキさんもこちらには向かってきていないようだった。


「レイジくん……」


 酷い顔をしていたのだろう、シグレが心配そうに覗き込んでくれる。けれど、そんなシグレも辛そうな表情を隠しきれてはいなかった。


「……大丈夫だ。信じて、俺たちは進もう」


 結局、そうするしか道はない。あいつを止めなければ、何も終わることはないのだから。


「……はい、進みましょう」


 じわりと浮かぶ涙を拭い、シグレは答えた。

 細い直線の道を進むと、やがて入口らしきドアが見えてくる。また認証が必要なものかと思ったが、近づくとドアは自動でスライドした。

 ……やはり、誘われているという考えは正解か。

 自動ドアの向こうは、まさに黒影館や鏡ヶ原と同じ研究施設となっていた。広いエントランスには幾つもモニタや計器が設置されていて、受付口には電光掲示板とパソコンの残骸が残っている。電気系統は機能しているらしく、壊れかけの電灯があちこちで明滅していた。

 マキバさんは確か、日下班の本部は比べ物にならないほど広いのだと口にしていた。恐らくその本部がここなのだろうし、探索が長期化することは覚悟しておくべきか。

 さあ、調べて行こうと一歩を踏み出そうとしたとき。

 自分の足音でも、シグレの足音でもない別の何かが聞こえた。

 背後からではない。少なくとも、ヒデアキさんが戻ってきたわけではなく。

 ならば、考えられる可能性はあまり良いものではなかった。


「……そりゃ、ここにもいるんだよな」


 果たして、俺たちの眼前に立ち塞がったのは人形だった。先程襲いかかってきたものよりも動きはぎこちなく、数も一体だけだが、油断などは勿論できない。



「……どちらにせよ、やるしかねえさ」

「ですね……!」


 覚悟を決め、人形を押さえつけるためゆっくりと散開する。

 格闘の心得などはまるでないが、何とか上手くいくよう願うしかない。

 ……と。


 ――フフフ……。


 この場には似つかわしくない、笑い声が響いた。

 それはまるで、頭の中に直接届くような声で。


「え……?」


 ガシャリ。

 人形が、糸が切れたかのように崩れ落ちる。

 そう、きっと体を動かしていた中身が抜け出たからだ。

 つまり、今の笑い声は人形に宿っていた魂であり。

 その声色は聞き覚えのある、とても懐かしいものだった。


「……久しいな」

「……ああ……」


 鏡ヶ原のときと同じ。

 閉鎖された霊空間の作用で、霊体がその形を俺たちに捉えさせてくれる。

 おかっぱ黒髪の、小柄ながら表情は尊大な少女。

 かつて俺やランとともにミス研で日々を過ごした仲間の姿が、浮かび上がっていた。


「……シグレ、レイジ。また会えて嬉しいよ」

「アヤちゃん……!」


 やっぱりだ、とばかりにシグレがその名を読んだ。

 心なしか、喜びに瞳が潤んでいるような気もする。

 俺も気持ちは同じだ。かつての仲間が、俺たちの前に再び現れてくれて。

 それだけでなく、ここまで導いてくれたというのだから。


「無事に、七不思議は解いてくれたようだな」

「やっぱり、あのメールはアヤちゃんが送ったものだったんだな」

「うむ。この研究施設には、回線の繋がっているコンピュータもあるからな」


 要するに、学校と研究施設のパソコンは内部で回線が繋がっているということか。

 空間が鎖されても、内部でなら通信は可能なわけだ。


「ふふ……流石の二人だ」

「いや、アヤちゃんがアレを送ってくれなきゃ、何をすればいいのかすら分からなかった。アツカを止めるどころか、校内で人形から逃げ回ってるうちに終わってたかもな」

「……アツカ、か」


 ランの本名を噛みしめるように呟くと、アヤちゃんは緩々と首を振る。


「私は、あいつのことを何も知らなかった」

「アヤちゃん……」

「黒影館の中で、自分が研究者なのだと明かされたときにも。私は自分の目的のことばかり考えていて、彼女の思惑にはまるで気づかなかった

。強くなろうと盲目に進み続ける私は、結局弱い人間だったよ」

「知らなかったのは、誰しも同じだ。アヤちゃんが悔やむようなことじゃない」


 それに、と俺は笑いかける。


「アヤちゃんは弱くなんかないさ。……だろ?」


 その言葉は全く予想外だったのか、彼女から一瞬だけいつもの芝居がかった表情が消える。

 僅かに赤らめた頬を隠すように俯いて、


「ふふ、やはりお前はなあ……」


 やれやれという風に肩をすくめ、また取り繕うように元の表情へ戻った。

 ……元気付けるにしても、少し大げさだっただろうか。


「……ところで、どうしてアヤちゃんは霊体になれたんですか? アヤちゃんはあのとき、魂魄改造を受けて消滅してしまったはずじゃ」

「そうだな。私も、最初はよく分からなかった。私の魂はあの瞬間に壊れて、もう二度と蘇ることはないはずだったんだ」


 黒影館での惨劇。

 ランに改造を受けて不安定になったアヤちゃんの魂は、限界を超えたところで暴走し、その身を怪物に変貌させた後に爆発四散した。

 あの惨たらしい光景を、俺は今でも鮮明に覚えている。

 だから、霊体とはいえ生前の姿のアヤちゃんがいることは驚きだった。


「だが、意識は再び覚醒した。目覚めたとき、私は大きなカプセルの中で繋ぎ止められていた……人形になっていたんだ」

「……待てよ、まさか」


 魂魄の同一性。死んだ瞬間に記憶が移る。それはつまり。


「あいつは、アツカは魂魄分割と口にしていたよ。魂魄をなるべく多くストックするために、改造した魂魄は全て分割されたのだとか。そして……消滅した私は、人形の中で蘇った」

「……なるほどな」


 それがアヤちゃんがここにいるカラクリというわけだ。成功率の低い実験と聞いているが、一連の事件の中で実験を受けた者はかなり多そうだ。


「黒影館で改造された皆は、同じように魂魄分割も受けていた感じがするな。恐らく、ただゲノム改造を施すだけじゃ数十分以内に魂魄が暴走することはなさそうだし……」

「短時間のラグで確実に殺害する……そういう意味合いもあって、改造と魂魄分割が方法として選ばれたのかもしれませんね」


 ただ、それでも分割した魂魄を人形に入れておく理由がハッキリとしない。

 ゴーレム計画の成功例として、かつての仲間を人形に宿らせたかったのだろうか。

 ……否、少なくともそれは通過点だろうな。


「魂魄分割が成功と呼べる程度に完了したのは二例だと、一ヶ月ほど前にアツカは言っていた」

「鏡ヶ原事件の前後くらいですね……」

「二例か……マコちゃんたちと、あとはタクミくんのことを言いたかったのかね」


 だとすると、アツカはタクミくんの事情を知っていたのだろうか。それにしては、鏡ヶ原事件の構造はややこしかったが。


「……分割された魂魄は、非常に不安定な存在だ。アツカはそれを更に改造し、意思のない従順な下僕にしようとしていた。そして、その魂魄を人形へ宿していた」

「ゴーレム計画……人形の下僕、か」


 今の情報で、朧気ながら計画が見えてきた気がする。

 魂魄の宿った人形を従える……マッドサイエンティストらしい計画ではないか。


「じゃあ……アヤちゃんはどうして今ここに?」


 シグレが尤もな質問を投げかけると、アヤちゃんはまたフフ、と笑った。


「それは簡単な話だ。私には……意志があったからだよ」

「意志……か」


 強固な意志。

 それがアヤちゃんの自我を保たせていたわけだ。

 たとえ従順な下僕としてアツカに改造され、人形に魂魄を封じられても。

 彼女は今日このときまで、自分を失わずにいられたのだ。


「……なあ。私は……少しは強くなれただろうか」

「はは、流石アヤちゃんだな。さっきも言ったが、アヤちゃんは十分に強いよ」

「……ん。やはり嬉しいな、お前にそう認められるのは」


 アヤちゃんは再び年相応の少女の笑顔になる。


「だが、意思が強いのは私だけじゃない。きっとみんなも戦おうとしている。だから、最後はともに戦おう……悪しき野望は、打ち砕かなければならないのだからな」

「みんな……か」


 そう。アヤちゃんが魂魄改造を受け、この施設で人形の中に閉じ込められていたのなら。

 少なくとも黒影館事件で犠牲になった仲間たちは、同じ扱いを受けていることになるだろう。


「それを聞いて、なんだか勇気が出たよ。そうだ……みんなで悪を、打ち砕かなきゃな」

「……うむ」

「一緒に、行こう。アツカを止めるために」

「ええ、行きましょう。まだまだ先は長そうです」


 差し伸べる手。感触として掴めはしなくとも、俺たちは確かに繋がっている。

 仲間の絆を確かめて、俺たち三人は決意を新たに、施設の奥へと進んでいくのだった。

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