「――ゲームは終了、だね?」
遠くから、声が響いた。
忘れたくとも忘れられない、憎々しい声が。
「まさか……」
「……しばらくぶりだね」
まるで当然のように、女神像の頭部からゆっくりと降り立ち。
揺らめく白衣のポケットに両手を突っ込んだまま……そいつは俺たちに向けてくっくと笑った。
「今回の劇も楽しませてもらったよ。桜井令士くん?」
GHOSTの研究員。
俺たちと偽りの青春を過ごした女……安藤蘭だった。
「お前が……ッ!」
「ははは、それは当然だろう? ホストとしては、誰がこのゲームに勝つのか見ておく必要があるのだし、もしもパーツを渡そうとしなかったときの保険だって必要じゃないか」
おかしいとは思っていた。如何にあの子が本物の魂魄を取り戻したい気持ちがあったと言っても、目的を達成したら自分の居場所がなくなるような人造魂魄まで、デスゲームに参加させるのかと。
違う、彼女に関して言えば、そちらは副題だったのだ。彼女という駒は、保険として働くように最初から設定されていた……!
「モエカ、ちゃん……?」
上ずった声で名前を呼んだのは、シグレだった。彼は信じられないものを目にしているかのように人造魂魄の少女を見つめていた。
少女は動かない。血に塗れたナイフを硬く握り締めたまま、立ち尽くしている。
しかし……その虚ろな目からは、止めどなく涙が溢れていたのだ。
「おや……泣かせるねえ。君自身はただの人造魂魄だと言うのに。その身を操られてなお、まるで実の兄のように悲しんでくれるなんて」
「ラン、てめえ……その子に何を……!」
「この子は君に次ぐ人造魂魄だ。作られたということは、命令文を仕込むことだって可能だと思わなかったかい? ……日下敏郎が零号を承認キーにしたようにね」
「お前はその子を操り人形だとでも思ってんのか……!」
「だから駒だよ。この子には必要な役割を担ってもらったのさ。ほら……パーツをちゃんと回収してくれた」
ソウヘイが手にしていたはずのパーツは、気付けば人造魂魄の少女の手中にあった。パーツを手にした彼女はランの元まで歩いていき、それを手渡す。
「おい、操られたまんまになってんじゃねえよ!」
「無駄だよ。この命令文は実にシンプルに出来ている。ただ指示通りに動く、それ以外の機能の削除だ」
「な……」
じゃあ、たった一瞬にして。
あの人造魂魄が生きた時間の全てが、無に帰せられたというのか?
だったら、彼女が生きていた時間とは、一体。
「……そして、この子のお役目は終わりだ。暴走による怪物化の前に……眠らせてあげるとしよう」
「や……止めろおおぉぉおッ!」
躊躇いなど無かった。
もう、そんな機能さえ削除されてしまったようで。
彼女は、握り締めていたナイフを自らの首元に滑らせた。
鮮血が迸る。
それだけが最後の訴えであるかのように、激しく血を噴き出して……彼女の体は、緩やかに倒れていくのだった。
「……畜生おぉぉおッ!」
「おっと、いけない」
ランが左腕を挙げると、急に俺の体が縫い止められたように動かなくなった。
黒影館のときと同じだ。奴は、霊魂を道具のように使い、俺の体を制止させたのだった。
「……無防備なわけではないが、あまり暴走しないでほしいね」
「……ぐうぅ……ッ」
一体どれほどの霊魂に縛られているのか、体はほとんど動かすことができなかった。
こんなにも殴り飛ばしたいのに。この手で、あいつを叩きのめしてやりたいというのに……届かない。
「レイジくん! ソウヘイさんが……!」
俺の隣で、シグレがソウヘイに泣きついている。
ああ……分かっているんだ。それすらも、もう手遅れだということは。
「ソウヘイ……」
何度呼びかけようとも、シグレがその体を揺さぶろうとも。もう、ソウヘイは何も答えてはくれない。
その肉体が魂魄を取り戻すことはもう、ない。
「私だって、悲しんではいるんだよ。西条創平くんとも、それなりに長い付き合いではあったからね。……だが、私は素晴らしい世界のために、立ち止まるわけにはいかないのだよ」
「……てめえみたいなクズが目指す世界? それに一体どんな価値があるっていうんだよ……
ふざけんじゃねえ!」
「……確かに、私の望む世界は、君たちとは相容れないだろう。何故ならそれは……私の理想郷なのだから。そしてそれは、必ず叶えてみせる。その日こそが『魄法の沈む日』となる」
魄法の沈む日。ランはその言葉を強調し、自らの拳を握り込む。彼女なりに、何らかの願い、信念が込められた目的なのは間違いなかった。
けれど、そう。相容れないものなのだ。
人を、魂魄を道具のように扱う先に待つものなど、俺たちの望む未来とは到底相容れない。
「……それじゃあ、また会おう。零号くん。次に会うのは、私が世界を作り変えるその瞬間だ」
今度は、高笑いもなく。
ランはその身を翻し、教会からゆっくりと去っていく。
霊魂による束縛が解けたときにはもう、その姿は見えなくなっていて。
血みどろの教会の中、俺たち二人だけが……生きた存在だった。
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