耳に痛いほど、闇の中の鏡ヶ原は静寂に満ちていた。
まるで空気すらもどこかへ消え去ったよう。
見上げた空には満月が映っているけれど、それが実像なのかどうかは分からない。
水面に映る月のようなものかもしれない。
俺とマキバさんは、ゆっくりと一角荘の前まで歩き続ける。緩やかな斜面は、苦にはならないものの、登り切った先に亡骸が横たわっているのを思い出すと辛くなった。
血塗れの体。
改めて考えてみても、ミコちゃんが何故このような殺され方をしたのかは分からない。実験の拒絶反応? いや、黒影館で死んでいった仲間たちは皆、四肢が弾け飛ぶという凄惨極まりない最期を遂げた。四肢が折れ曲がるというのは、それとは少し違っている気がする。
百パーセント違う確信があるわけではないけれど。
「あ!」
一角荘前までやって来たとき、ミコちゃんの死体以外に、俺たちの視界に映るものがあった。シグレだ。彼は何故か慌てた様子で、俺たちの方へ向かってきた。
「レ、レイジくん!」
「どうしたんだよ、そんな慌てて。……というか、一人で飛び出してきて……」
シグレは一応、マコちゃんの様子を見ておくことになっていたはずだ。彼女はぐっすり眠っているのだろうか?
そんな疑問に対するシグレの回答は、しかし予期せぬものだった。
「……ごめんなさい、レイジくん。僕、油断してた……」
「どういうことだい……?」
マキバさんが促すと、シグレは俯き加減になり、
「マコちゃんが……一角荘を抜け出したんです」
「な……!」
彼の放った言葉に、俺もマキバさんも絶句する。
マコちゃんが、いなくなった? あんなに消沈し、自失していた彼女が?
「い、一体どうしてそんなことに!?」
「僕も、誰かが襲ってこないかっていう注意はしていたんです。でも……マコちゃんは、お手洗いに行くからって部屋を出て、そのまま長い間帰ってこなくて」
「……なるほど。確かに、それはマコちゃんが自分の意思で抜け出したように思える」
「うん。襲われたなら、叫び声でも上げるだろうし、気付いてなくとも襲ったときの物音くらいはするだろうからね……」
外部からの注意はしっかりしていたが、マコちゃん自身がこっそり抜け出す可能性は考えていなかった、か。正直それは仕方ない話だ。シグレが自分を責める必要はない。
「けど、どうして……」
悔しげにシグレがそう口にしたところで。
ふいに世界がぐらりと動いた。
これは――。
「ま、また地鳴りが!」
「まさか……あの子どもたちの霊が」
「マキバさん、悪霊にそこまでの力はないと思います。落ち着いて」
「……そう、だね。すまない。ここに来て、事件が起きてから……最悪の気分なんだ」
マキバさんの顔色は確かに蒼白だ。それは、過去の事件を思い出しているのもあるだろうが、他にも理由があるに違いない。
自分もまた、ここで骸を晒すミコちゃんと同じになってしまうのではないか……という。
「けど……何なんでしょうね、今の揺れと音は」
十秒ほどで揺れが収まり、静かになったことを確認してシグレが呟く。
「さあな……案外本当に霊が関係してるのかもしれないが、霊自身が起こしてるとまでは言い辛いな。まあ、今はとにかく……マコちゃんを探すのが先決だ」
「そ……そうですよね!」
「手分けして探そう、その方が早い。それで、十分経って見つからなければここに戻ってくるってことでどうかな?」
マキバさんの提案に、俺もシグレも特に異議はなかった。ただ、疑わしい行動はとらないよう暗に牽制しておく。
「マキバさんがそれで大丈夫なら」
「ああ……問題ないよ」
「……よし、じゃあ僕は教会付近を、マキバさんは一角荘付近を。レイジくんは、ここから下をお願いできますか」
「それでいいだろう。よし、行くか」
三人で頷きあって、俺たちは短時間の別行動を開始した。
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