幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

43.倒の光景

公開日時: 2021年6月22日(火) 20:35
文字数:1,813

「……ふう」


 緊張のしっぱなしに、立て続けに降りかかった悲劇。正直なところ、精神は既にズタボロだ。

 擦り切れた心に鞭打って、俺は動いている。きっと、あいつらも。


「……あれ」


 振り返って気付く。壁が出てきたのとは反対側、つまり廊下の奥には両開きのスライドドアがあるのだが、その手前の壁に少し窪みがあるように見える。近づいてみると、それが溝であることが分かった。

 まるでこの壁自体が扉だったようだ。

 ……つまり、墓碑の仕掛けで開いたのは、この場所。

 奥にある両開きのスライドドアこそが、隠された扉だったことになる。

 扉の隣には三角形を逆にしたボタンがあり、一目でこれがエレベーターであることを理解する。ここが既に地下の施設だというのに、まだ下があるらしい。研究者の考えることはよく分からないな。

 先に進むなら間違いなくこちらなのだが、孤立している今、単独で突入するのは自殺行為だ。

 ソウヘイとシグレくんが防壁を開けてくれるのを待とう。

 他の部屋に犯人が潜んでいたり、何らかの手掛かりがまだあったりする可能性を考え、とりあえず部屋を覗いてみる。

 すると、左右の部屋は研究区画ではなく、恐らくは改造を行うための施術室とその準備室であることが分かった。何故なら、片側の部屋には様々な器具が保管されており、手を洗う場所まであるし、もう一つの部屋はベッドとそれを照らすライト、後は全方位にカメラが取り付けられていたからだ。病院の手術室に似た構造、というか明らかにそれを真似たものというのが分かる。

 ここで、多くの被験者たちが魂を抜かれ、悍ましき改造を施されて……死んでいったのか。

 この場所にこそ、霊の怨念が最も深く刻まれている。そんな気がした。


「……魂魄改造、か」


 準備室の方には、施術のマニュアルらしき資料が沢山捨て置かれている。拾い上げて文面に目を通すと、これまでに発見してきた情報と同様のことが書かれていた。

 改造を行った者には聖痕と呼ばれる痣が体のどこかに現れてしまうこと。改造に時間を要した場合、肉体が機能しなくなってしまい生ける屍のようになってしまうこと。改造により悪のカルマナンバーが強い影響力を持った場合、凶暴化してしまう可能性……また、改造そのものが拒絶反応などで失敗した場合、悪霊化した魂魄が肉体をも変質させ、怪物となってしまうことも詳細に記されていた。

 これまでに散っていった仲間たちは改造の拒絶反応によって。

 無惨にもその肉体を変質させ、怪物に成り果てて……死んでいったのである。

 そして恐らくは肉体のみならず、その魂魄すらも。


「……くそ」


 呪われた運命なのだろうか。

 ヒカゲさんによって救われた命。

 この身に刻まれた証。

 少しずつ明らかになっていく真実。

 この事件ではなく、俺自身に関わること。

 悪しき研究に関わること……。


「……あ」


 ふいに機械が作動するような音がする。

 もしやと思い、廊下に戻ってみると、ちょうど防壁が開いていくところだった。

 ソウヘイたちが防壁の解除方法を見つけてくれたらしい。感謝しなくちゃいけないな。

 閉じるときの速さに比べると、亀のような遅さで防壁は開いていく。通れるようになるまででも、あと1分ほどはかかりそうだ。

 どこか心地良さすらある、単調な機械の駆動音をバックミュージックに、俺は今更ながら事件について振り返ってみる。

 この不可解かつ狂気的な、魂魄を巡る事件のことを。


 集められた七人。

 まぼろしさんの噂。

 怪物化する仲間たち。

 見え隠れする怪しげな組織の影。

 魂魄改造。

 連続殺人。

 子供のような研究員……。


「……生ける屍……?」


 それは閃光のようだった。

 予想もしていない方向から、頭を思い切り殴りつけられたかのようでもあった。

 全てがあの暗号のように繋がって、そしてまた全てがさかしまの光景を結んだ。

 俺が信じていたものの全部が今、俺を裏切るために配置されたようにすら思えた。

 ああ――そんな馬鹿なことが?


 目眩を感じ、体がぐらりと傾ぐ。

 その瞬間、開いていく壁の向こう側から短い悲鳴が確かに届いた。


「……畜生」


 俺は、怒りと悲しみとに震えながら吐き捨てる。

 それは、犯人に対するものでもあったが……何より、結局道化でしかなかった自分に対するものだった。


「……どうしてなんだよおおッ!」


 ようやく通れるようになった壁の間に、身を捩るようにして俺は突っ込んでいく。

 どうか、せめて最後の悲劇だけはと、心の中で情けない祈りを繰り返しながら。

 たった一つ掬い上げた、真実を秘めて。

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