モエカちゃんの姿は、教会へ続く上り坂の途上、道の端の崖近くにあった。表情が表情だけに、ともすればいきなり飛び降りてしまいそうにも見えて恐ろしくなる。
思い詰めた表情。それは、この場にソウヘイが来てしまったからなのだろうか、それとも。
「危ないぜ」
ソウヘイが声を掛けると、モエカちゃんは風に靡く髪を撫でつけながら、大丈夫よと素気なく返した。
「モエカにも、招待状が来たんだよな」
「そう。だから、乗り込んでやろうと思ってここまで来たんだけど。そしたら、お兄ちゃんがいるんだもの……私の逃亡生活、あんまり意味なかったわね」
「……大変だったな」
「……ううん」
一年にも亘る逃亡生活。それも、俺たちより年下の女の子が、だ。寝床を貸してくれるような優しい人がいたのだとしても、それでも想像を絶するほど辛い一年だったはず。
理解なんてしてくれなくてもいい。彼女の否定は、そういう諦念の表出なのかもしれなかった。
しんみりとするのも気まずいので、俺は無理矢理に話題を転換する。
「……モエカちゃんは、どれくらいGHOSTのことを知ってるんだ? 俺たちは、つい数週間前に初めて知ったくらいだから、何か情報があれば聞きたいんだけど」
「……そうね、私も多くは分かってないの。魂魄実験を行っているのはGHOSTの一部門だけらしいわ。GHOSTは人類の進化を求めて様々な研究をしているそうだから。表向きはまっとうな研究機関に見せかけて、ね」
そんな話が、黒影館にあった資料にも書かれていた気がする。新人類という如何にも宗教めいたワードに辟易した覚えがあった。
「私が追う事件に関わっているのは末端組織だけ。それでも、色々と恐ろしい実験はしているみたいだわ魂魄の改造は元より、魂魄の分割実験や人造魂魄の創造にも成功しているしね」
――人造魂魄、か。
「まあ、貴重な成功例さ」
「……だな」
ソウヘイが気を遣ってそう言ってくれるのに、事情を知らないモエカちゃんは首を傾げる。
「いや、こっちの話さ」
「……そう?」
「それより。モエカは変なことされてないだろうな? なんつーか、性格が結構変わったっていうか……なあ?」
実の兄であるソウヘイがそう感じるのだから、よっぽどの変化なのだろう。モエカちゃんもそれは分かっているのか、
「……そうね。一年間も逃亡生活をしてたら、こうなっちゃうのも仕方ないわよ」
ぶっきらぼうにそう返す。
「……だな。悪い」
「いや、いいの。本当に仕方ないことだから」
仕方ない、で済ませるのには長過ぎる別離、辛過ぎる事件だったわけだが。
「……このドタバタが終わったら。またお前と廃墟に探検へ行ったり、できるかねえ」
「……きっと、行けるわ。またね」
期待しておくと、そう答えたソウヘイの表情は、けれども寂しげなものだった。
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