幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

22.魂魄の研究

公開日時: 2021年5月5日(水) 00:35
文字数:1,890

「……というわけで」


 月光が淡く射し込む図書室内。

 俺たちはテーブル越しに向かい合い、これまでの成果を伝えあっていた。


「ある程度入れなかった部屋にも入って調べたんだが、相変わらず五里霧中ってところだ」

「……そうか」

「アヤちゃんの方は?」

「私は……そうだな。この館に何が起きているか、大方分かったと思うよ」

「え? ほ、本当ですか……?」


 平然と、館で起きていることが分かったと言うアヤちゃん。半信半疑ではあるが、彼女のように霊を肯定した見方をしていないと掴めない事実もあるかもしれない。

 聞く価値は十分にあるだろう。とりあえず、聞いてからの判断だ。


「それを語るにはまず、この館そのもののことから話さなくてはならないだろうな」

「……ふむ」


 黒影館。

 町外れに佇む無人の館。

 霊の噂が囁かれる、曰くつきの館。

 そして、ヒカゲさんの……。


「テンマも言っていたらしいが、この図書館には霊に関するものが多く揃っている。そして、この館の持ち主であるヒカゲという人物は、とある機関の研究者だった。三段論法のようだが、つまりヒカゲ氏は、霊に関する研究、実験を行っていた人物なのだ。その証拠に……こんな本が埋もれていたよ。シグレと暫く同行しているときに見つけたんだ」

 

 そう言うと、アヤちゃんは懐から小さな本を取り出す。

 俺たちがさっき見つけた薄っぺらい本のように、それは個人が製本したもののように見えた。


「これは……霊体に関する、論文?」

「彼自身が編集し、製本している本もあるらしい。霊体というものを論理的に説明しようと試みた論文の数々だ。その中に、あまりに具体的な記述も多く存在するんだよ……まるで実証してきたかのような」


 アヤちゃんは本のページを捲り、その記述がある箇所を俺たちに示す。

 細かな文字がびっしりと埋め尽くすページには、普通に生きる人が凡そ使うことのない言葉が幾つも出てきていた。


『ゲノムとは通常、細胞に含まれる染色体のことを指す。だが、我々は魂魄にもゲノムが存在することを突き止めた。生得論や集合的無意識といった考えを肯定するものとして、これは大きな材料となるだろう。また、霊体のゲノムを調整することで、そうした生まれ持った資質を変化させることも可能になるはずだ……』


「……なんつー話だ」


 ゲノム構造、というのは俺も聞いたことがある。けれどそれは医学的分野の話だ。

 魂魄にもゲノム構造がある? そもそも魂魄の有無すら曖昧だというのに、この論文は分析を行える状態の魂魄が存在するような記述だ。


「信じ難くとも、これが真実だ。次はこのページを見てくれ」

「……ええと?」


 内容を記憶しているのか、アヤちゃんはすぐに別のページを開く。


『霊を肉体から切り離す際、その限度は三十分であり、もしもリミットを過ぎてしまった場合は深刻な問題が生じる。霊の乖離に肉体の側が耐えられなくなるため、肉体の生命活動が停止――つまり死亡してしまうのだ。その後に霊を元の肉体へ戻したとしても、それは生ある人間でなく、生ける屍となってしまっているのである……』


 確かに、ここまでくるとかなり具体的な描写だ。何度かそういう実験をやった結果掴んだ事実、という印象がある。


「生ける屍ってどういうことでしょう。体は死んでるけど、霊は入ってるわけですよね」

「魂の宿った人形、みたいな感じだろう。多分、体の痛みとかが無くなるんだよ。そういう小説なら見たことがある」

「なるほど……」


 リビングデッド、だったか。痛覚が無くなったことで自分が死んでしまったという事実を知る……想像するだに恐ろしいことだ。

 思考は続いているのに、体は生きていない。もう二度と生者の側に戻れないことを、嫌でも認識させられる地獄……。


「さらに……別の資料には霊を肉体から切り離す手法についても記述されている。具体的にどうするかはわざと曖昧にされているようだが……抽出、及び戻入には五分ほどの時間がかかるとか」

「これも経験談みたいな感じは、ありますね……」


 霊魂の抽出と戻入。それはテンマくんの遺書を思い起こさせた。

 鏡ヶ原の実験。謎の研究者たちと、魂を抜き出される子どもたちの光景。


「しかし……そうは言ってもこれが机上の空論とか、妄想とかいう可能性はあるんだろ?」


 今やそちらの可能性の方が低いにしろ、ゼロというわけではない。

 その意味を込めてアヤちゃんに問いかけたのだが、彼女は緩々と首を振った。


「いや、これは確かな事実だ。その証拠が……聖痕なのだから」

「……何だって?」


 初めて聞く単語に、意味が分からず俺は聞き返す。

 けれどアヤちゃんは微笑して、


「ふ……何でもないよ。まあ、妄想と思われても仕方はない」

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