闇雲に駆け、穴から飛び降り、配電設備室へと俺たちは舞い戻る。
何も考えないようにと思っても、彼らの笑顔と、それが紅く染まっていくイメージが勝手に脳内を塗り潰して、気分は最悪だった。
「僕らは、また……」
「……それでも、なんだ」
俺たちを狙う希望の糸だと信じてくれる者がいるから。
それに応えたい心があるから、まだ挫けることはできない。
「……畜生」
たとえ、生かされているのだとしても。
ならば全力で、足掻いてみせなければ。
配電設備室には、さっきの記憶どおりノートパソコンがあった。充電されていなかったが、ケーブルがある上に電力は生きていたため、数分で起動できる程度の充電はできた。
起動すると、ログイン画面も無くデスクトップに切り替わる。セキュリティが甘いが、今はありがたい。
USBを差し込んで中身を見てみると、結構な容量のプログラムが入っていた。どうやら何か機械を操作するためのソフトらしい。
「……レイジくん、これ」
「うん?」
シグレが指で示す先には、各階の電気系統を操作できるらしい機械があった。配電設備室なのであって当然なわけだが、単純にレバーやスイッチが付いているものではなかったので気付かなかったのだ。
ケーブルを差し込まれたプラグがあり、そのケーブルはパソコンと繋げられるようだった。つまりはそう言うことだ。
「なるほどな。俺たちに操作できるのかどうか……」
ソフトを起動すると、各階の電気の状態が表示される。ほとんどが原因不明のエラーとなっていて、壊れてしまっているのは推測できた。
唯一オフからオンにできそうなものを見つける。それは施設の最北に位置している設備……エレベーターだった。
「……黒影館と同じか」
「あのときも……エレベーターでアツカさんのところまで下りていったんでしたね」
「お前は捕まったんだけどな」
あえて軽口で言うが、あのときシグレはアツカに乱暴されていた。見るも無惨に、背中を切り刻まれていたのだ。
今も痕跡はその背に残っているはず。彼にとっても、俺にとっても苦い思い出だった。
「……よし」
エレベーターの電気をオンにすると、微かに施設全体に揺れが生じる。
どうやら本当に、エレベーターが復旧されたようだ。
「行きましょう、レイジくん」
「ああ」
これまでの経験から考えると、恐らくはこれが最後。エレベーターに乗れば、後はアツカのいる最下層まで下りていくことになるだろう。
緊張は増してくるが、そんなものに負けてはいられない。最善を尽くせるよう、強い気持ちを持たなくては。
用が済んだ配電設備室を後にし、俺とシグレは施設の北を目指す。崩落している場所が多かったものの、何とか隙間を抜けて廊下を進むことはできた。
システムが誤作動を起こしたのか、かなり以前に壊れた人形も転がっている。動き出さないかと一瞬だけ焦ったが、半分以上のパーツが失われていたし、機能はしなさそうだ。
そして……長い廊下を直進していくと、ようやく見覚えのある扉が現れた。
「エレベーターだな」
両開きのスライド式ドア。まさしく黒影館でも見たそれは、正常に作動してくれているようだった。
上下のボタンがあり、どちらも仄かに光っている。
「よし、あれで――」
アツカのところへ向かおうと、そう思ったとき。
廊下の死角から、一体の人形がゆっくりと歩み出てきて、俺たちの進路を塞いだ。
「くっ、こんなときに……」
皆が囮になってくれたから、まだ直接は戦っていない。
人形がどれほど強いのかは未知数だが、数の有利を活かして何とか対処するしかなさそうだ。
「……やれるか?」
「大丈夫、です……!」
目配せをして、俺とシグレは左右に分かれて駆けていく。人形の思考能力は低いので、こんな作戦でも撹乱は出来た。
どちらに襲い掛かろうかと決めあぐねているうちに、俺たちは二人して人形へ飛びつき、強引に押し倒した。
「さてどうするか……」
「……関節がありますから、そこだけでも壊せば動けなくはなりそうですよね。いくら人形といっても、抵抗はありますけど……」
「……まあ、仕方ないさ」
シグレの言う通り、関節を力任せに捻っていく。素材は堅固でも繋ぎ目はそこまで強くないらしく、バキリという音とともに、関節は破壊された。
腕と脚、計四つの関節を壊すと、物言わぬ人形はその動きすらも止める。……危険は去った、か。
「ふう……」
動かないことをきちんと確認してから、俺はエレベーターのボタンを押しに行った。下に向かう逆三角のボタンを押し込むと、それはさっきより明るく点灯した。
「……よし」
僅かな駆動音。エレベーターが上ってきているのを感じる。一秒もずっと引き延ばされて感じるような時間の中、やがて無機質なベルの音が響いた。
「エレベーター、来たみたいですね……!」
左右に扉が開いていく。さあ、乗り込むぞと勢いこむ。
――まさに、その瞬間。
「――危ない!」
ーーえ?
と、声を上げる暇もなかった。
突然、背中に衝撃がきて、そのままエレベーターの床面へ突っ伏す。
慌てて振り返ると、そこには。
二体の人形に組み敷かれた、シグレがいた。
「――シグレッ!」
「僕なら、へっちゃらですから……早く行ってください……」
「けど……」
「――早く!」
初めて聞く、シグレの大声だった。
強い意思の込められた、決死の言葉。
「……こんな気持ちだったんですね」
独り言のように、彼はそう呟いた後、
「……レイジくん! お願いだから、勝って……
それで全てを終わらせて!」
さっきまであんなに悔やんでいたくせに。
今じゃそんな、覚悟を決めた格好良い顔を見せやがって。
なら、俺は今更立ち止まるわけにいかないじゃないか。
「必ず、終わらせるから……死ぬんじゃねえぞ!」
エレベーターの扉が、そうして閉ざされる。
後は規則的な動きが、俺を下へ下へと導いていくのみだった。
*
人形たちに組み敷かれ、身動き一つ取れなくなり。
苦しくなる呼吸を何とか繰り返しながら、シグレはただ一つを願う。
「……レイジ。そう、必ず――」
全てを、終わらせて。
*
……色々な人に出会った。
色々な命が、目の前を過ぎていった。
そして、また過ぎ行こうとしている。
長いようで、短くもあった。
本当に、沢山の……悲劇があった。
そして、俺は今、こうして一人残されて、進んでいる。
きっと、最後の場所へ。
テンマくん、チホちゃん、アヤちゃん。
マキバさん、ミコちゃん、マコちゃん。
ソウヘイ、モエカちゃん、タクミくん。
ヒカゲさん、キョウゴクさん。
そして……シグレ。
俺は希望の糸なのだろうか。
本当に、そうなれるのだろうか。
……分からない。
分からないけれど……行くしかないのだ。
俺は、最後に残された、たった一本の糸。
それを、最後まで繋いでみせなければいけない。
……俺は、全て終わらせる。
……だから待っていろ、アツカ。
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