「……君の考えている通り、僕は魂魄改造に関わった元研究員だ。GHOSTという組織のね」
目元を隠すように眼鏡を押し上げながら、マキバさんは確かにそう答えた。
自分はGHOSTの一員であると。魂魄改造に関わった人間だと。
「しかし、君はどうして魂魄改造の研究なんかを知っているんだい?」
「……マキバさんは、日下敏郎という人を知っていますよね」
「ああ。僕は日下班の研究員だったからね」
そこまで言って、ヒカゲという名前にピンとくるものがあったらしく、
「……ねえ、もしかして君は」
「俺の背中には、聖痕とかいうアザがあるんですよ。この体は犠牲者の借り物で、魂は作り出されたもので」
「……零号……そうか、やっぱりあの人は……」
プロトタイプのことを、やはりマキバさんも知っているようだ。同じ班に所属していたのでそれは当然のことだろうが。
人間の魂を一から作るプロジェクト。その初作品として生み出された魂こそが俺だった。
「俺は、自分が作られた魂だということを知らず、最近まで生きてきました。けど、数週間前に黒影館でとある事件に巻き込まれたんです」
「鈴音学園の生徒が三人、殺害されたっていう事件だね。僕も黒影館という場所からして、あれにGHOSTが関わっているんじゃないかとは思っていたけれど」
黒影館は、表向きは個人の邸宅であったが、その地下にはGHOSTの研究施設が秘匿されていた。俺が牧場智の名を発見したのも、地下にある資料室の本からだ。
「あの事件で、俺自身のことや日下さんの研究のことを知りました。そして……あの人の製作した装置を狙う奴がいることも」
「……装置……まさか『ヴァルハラ』……?」
「……知ってるんですか!?」
具体的な名称が出てきたことに、俺は驚いて聞き返す。マキバさんは戸惑ったように頷いた後、
「だってそれは、日下班が全力を注いで完成を目指していた装置だから」
「どんな装置なんですか。俺は……日下さんのためにもそれを破壊しなくちゃいけない。そのためにGHOSTを追ってるんです」
「……順を追って話そう。その方が、僕自身も整理ができるから……」
そう前置きをして、マキバさんは話し始める。
自身の、GHOST日下班の研究の詳細を。
「……僕は、日下班の中でも機器製造をメインとする役割を担っていた。その時の僕は、日下さんと同じように、自分の研究が何かの役に立つのだと信じていたんだ……まだね。
僕は、二つのプロジェクトに関わっていた。一つは『風見照』という研究者の遺した資料を元に進められていたもので、確か……ゴーレム計画というものだった」
黒影館にあった資料の中にも、その名前は出てきた覚えがある。マキバさんと同じようにGHOSTの研究員かと思っていたが、ニュアンスからして少し違うようだ。
「風見照という人物はその昔、魂を現世にチャネリングさせる方法を編み出した人物でね。GHOSTの研究はそれが基になっているから、彼の技術を『プロメテウスの火』と呼んだりしているんだけど。それはさておき、彼は降霊術と同時に、魂を人形に固着させるという実験にも成功していたんだ」
「魂を人形に……?」
「そう。ゴーレム計画は、要するにそれと同じものでね。肉体に深刻なダメージを負った人を救うという目的で始まった計画だったんだ。……いや、そう聞かされていた。今ではその目的も信じられないけれど」
ヒカゲさんの残した記録にも、彼の後悔を感じさせる描写は幾つかあった。研究者の性か、研究に没頭できるのであれば目的を疑うことなく突き進んでしまうものなのかもしれない。
そして、成し遂げた後に気付かされるのだ。
自分の歩いてきた道がいつの間にか血に塗れていることに。
「ボロボロになった肉体から魂を取り出し、人形に入れることで、その人は人形の体で生きていく。それで幸せなのかは分かりませんけど……とにかく、そういう計画と言われてたんですね」
「その通りだ」
マキバさんは苦々しい表情を浮かべた。
「実は、魂の固着には条件があってね。生体機能を持つ人間の体か、もしくは人間の形……つまり、五体のある人形にしか固着されないんだ。魂の器としての、認識の問題だと僕は考えているのだけど」
「へえ……」
「ただ、例外もある。先天的に肉体に欠損のある人間であれば、その姿と同様の人形しか固着できなかった。これも認識の問題だろう」
例えば生まれ持って右腕のない人物がいたら、その人物の魂魄を人形に固着させる場合、右腕部分を無くしておく必要がある、ということか。
今まで無かったものに対して、魂魄がエラーを起こすようなイメージでいいかもしれない。
「まあ、そちらの研究は大きな障害もなく進んでいた。実際のところ、コストパフォーマンスのいい人形を作るような研究だったわけだからね」
「完成品が出来れば、後は量産するってことですもんね」
「そういうことだ」
人形が街を行き交う世界。
正直に言えば、それはかなり不気味なイメージだった。
けれど、研究者たちは信じていた。或いは言い聞かせていた。
それが人々の未来に寄与するのだと。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!