それから三日後のことだった。
ヒデアキが研究所内で、アツカの姿をハッキリと目にしたのは。
自分の目で見たのだから、それはもう疑いようのない事実だった。
理由は不明だが、娘は確かにここへ通っているのだ。
休憩時間からの帰り道だったが、事態を放っておけるはずもなく、ヒデアキはアツカの尾行を開始した。施設は広大なので、自身の分野以外の区画に立ち入ったことはほとんどなく、一度見失えば探すのは困難な尾行となった。
後を追い始めてから五分ほど。幾つもの扉を抜けたアツカは、やがてとある研究スペースに入っていく。その区画は主に工学を取り扱う場所であり、収まりきらないためか廊下にまで用途不明の機材が複数置かれていた。
アツカの向かった研究スペース。ヒデアキはそこに入るべきか否かを十秒以上も迷ったが、実の娘のことで何を迷っているのだと意を決し、扉を開いた。
「……おや」
静かな室内に、声は凛と響き渡る。
白衣を着て研究に勤しんでいる声の主は、やはり間違いなくアツカなのだった。
「父さんか。やっと嗅ぎつけたんだね」
「……アツカ……」
平然と対峙する娘とは裏腹に、ヒデアキは狼狽えてしまう。結局、想定はしていても現実を目の前にすると、落ち着いてはいられなかった。
「これは……この研究室は……?」
震え気味の声で、なんとかその問いを口にする。アツカはその様子を愉しむように微笑みながら、
「ふ。……ある筋から、医療工学に明るい研究者と交流を持ってね。こうして、義肢について学ばせてもらっているんだ」
そう言って、机の上に置かれた人体模型のようなものの腕を掴み上げる。
「その過程で、このような人形まで作らせてもらった」
「人形……」
「人に似せて、人になるために出来た存在だ。……素晴らしいものだよ、これは」
人形の腕をゆっくりと撫でていくアツカは、まるで何か良からぬものに取り憑かれているようにすら見えた。
ヒデアキは、そんな風に考えまいと首を振り、更に訊ねる。
「アツカ……お前は医学の道を志しているのか」
「……そうだね。人を救う道を
「私はお前のことを長い間見てやれていなかったが……それが、お前の決めた道なんだな」
その問いに、アツカは僅かに頷いて、
「そうだ。そして……いつか必ず、母さんを救ってみせるんだ」
母親を救う。
そう答えるアツカの表情は至って真剣なものだった。
真っ直ぐな視線がむしろ、狂気を感じるほどに。
死者に対する救い。
ヒデアキは娘の放った言葉の意味を、なるべく現実的なものとして考えようとした。
例えばそう、チズのように不幸な運命を辿る者がいなくなるように願っているのだと。
だから、自分の持てる力の限りを尽くして、研究に打ち込むようになっていったのだと。
そんな意味でなら、なるほど彼女の志は素晴らしいと、ヒデアキには思えたが。
……無論、アツカの志はそんな生易しいものではなかったのだ。
ヒデアキの疑念はやはり正しかった。
母親を救うという言葉の意味を、そして義肢について学んでいたアツカが義肢でなく人形を作っていたことの意味を、ヒデアキは程なくして知ることとなる……。
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