それはとにかく、とアヤちゃんは話を元に戻す。
「魂魄の実験を行っていたのがヒカゲ氏なわけだが、ではそれを行う場所とはどこだったのだろうか。そこまで考えたとき、私は気付いたんだよ。この館で起きている事象の真相に」
「……要するに。ここが実験場だった。だから霊を呼んだらあんなことになって、俺たちは閉じ込められちまったと……そういうことか」
「それなら、辻褄は合うだろう」
霊という要素をこの館へ付与するなら、確かにその方向性が一番有り得そうではある。
「人体実験の施設だなんて、メチャクチャ胡散臭いけど」
「……そうでもない。私たちの通う鈴音学園にも、七不思議的な人体実験の話はあるのだから」
「そういう話を作ってキャーキャー言ってるだけじゃねえのかな」
俺自身は、各地の学校にある七不思議というものはそう言う風に『面白いから』という理由でできあがったものだと思っている。つまらない考え方だというのも分かってはいるが。
「だが、火のないところに煙は立たないだろう。恐らく何らかの根源があって、そこから噂が生まれてくるのだ。『まぼろしさん』も、それと同じなのに違いない」
「霊の実験をしていたという真実から……いつの間にか『まぼろしさん』という噂ができてしまったんですね」
「恐らく、霊を目撃してしまった人間によってな」
全てが想像の産物ではなく、原初の一は存在する。
もちろん、その考え方も否定はできない。
身も蓋もない話だが、ほとんどのことが確かめる術などないものだ。
俺たちは、ただできあがった噂に対してあれこれ論じ合えるくらいなのだ。
「黒影館が実験場だったとするならば。脱出する方法も、朧気ながら浮かんでくるだろう。私が最初に言った通り、霊を退けるしかない。恐らく……実験に使われたであろう霊たちのな」
「まあ、そこへ行き着くか。けど、どうすればその霊を祓えるのかはやっぱり分からないんだろ?」
「……そこまでは。すまないな」
ただ、とアヤちゃんは付け加える。
「霊というものは、未練があって現世に残る者が多い。未練や恨みといったものを消してやることができれば……とは思うのだがな」
「よくあるような話ですよね。成仏させてあげるってことですか……」
ここに霊媒師でもいてくれれば、などと下らないことを考えてしまう。
霊を成仏させる。そんなことが俺たちにできるのだろうか?
「霊に会って、話を聞いてやるとか? んー……現実味が無さすぎる」
「まあ……もう十分に、現実味はないですけどね」
「それは言えてる」
現実味などとうに失われている。
だから俺たちは、気持ちを切り替えて霊との対話を模索すべきなのかもしれない。
「……とりあえず、館の探索は続けながら、霊への接触と交渉が出来ればってとこか」
「そうなる」
「……はあ。言ってはみたが、道筋が立ったって感じはしないな……」
こちらから会いに行くよりも、霊の方からやって来る、というか襲ってくる可能性の方が高そうだ。
対話を試みたものの、無残に殺される……そんなことにならなければいいが。
「それでなんだけどさ、アヤちゃん」
「どうした?」
「俺たち、探索中にこんな紙切れを見つけたんだけど。アヤちゃんはこの文字を見て何か思いつくか?」
解答が出るのは期待していなかったが、一応確認してもらおうとアヤちゃんに紙片を見せる。
にがなのえ。赤字でその五文字が書かれた紙をまじまじと見つめて、彼女は答えた。
「……そのままじゃないのか?」
「そのまま?」
「ああ、ニガナという花があるんだ。その絵が私の部屋に飾られていた。何故そんな花を絵にするんだ、とは思っていたんだが」
……マジか。
まさか、そんな単純明快な解答があったとは。
「間違いなさそうだな。これ、そのまま読めばいいだけだったのかよ」
「ニガナを知らない人なら意味をとれないだろうがな。まあ、私はその絵を見ていたこともあるし、すぐにピンときた」
「こんな暗号があるってことは、その絵に何か秘密がありそうだ。行ってみてもいいか?」
「ああ、私の用は終わっているし。向かうとしよう」
私の用、というのが少々気になったが、これも何かと秘密めかせるアヤちゃんの癖だろうと触れないことにする。
「それじゃあ、行ってみましょう」
「了解だ」
そう言ったところで、軽く咳き込むアヤちゃん。
館内は微妙に空気が冷えてきているし、体調が悪くなっているのかもしれない。
チホちゃんだけでなく、全員のためにも早く脱出したいものだと思いつつ。
俺たちは一路、アヤちゃんの部屋を目指すことになった。
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