「……とにかく」
感傷的な思いは断ち切り、俺は説明を再開する。
「被害者が自ら単独行動に出るという事態は、容疑者を絞り込めないという結果を生んだ。仲間である俺とシグレ、ソウヘイ以外の人間は全員怪しかったし、それにソウヘイだって君に何かを言われて共犯になっていると疑えなくもなかった。とりわけ、最初の事件で死体のそばにいた君は、かなりの怪しさがあった。
……ところが、だ。招待状の真意を知ったあたりで、俺たちの前に思いもしない人物が姿を現した。それが、マコちゃんとマキバさんの霊だ。霊の空間ゆえに、二人は死後、霊になって俺たちの前に現れることができたんだな。
正直、それで二人が犯人を見ていたのなら、反則級とはいえそこで解決だったわけだけれど、残念ながらそう都合よくはいかない。二人は突然襲われ、そのまま死亡したようだった。……ただ、結果として二人は俺を事件の解答へ導いてくれた。二人の話してくれたことは衝撃的で、まったく想像もしていなかったことだけど、それを聞いて俺は気づくことができたんだ。あまりにも馬鹿げた――あまりにも大き過ぎた死角に」
「大き過ぎた、死角……?」
モエカちゃんは、意味が分からず首を傾げる。
そう、大き過ぎた死角。あまりにも当然のようにあるからこそ、かえって気付かないことは往々にしてあるものだ。
「……マコちゃんとマキバさん曰く、被害者は全員がこの教会で殺されたという。けど、二人はともかく、ミコちゃんが何故教会で殺されたと分かるのか。いやそもそも、何故ミコちゃんの霊は現れなかったのか。それは、ミコちゃんの体にはマコちゃんの分割された魂魄の片割れが固着されていたからだった……」
「……なるほど」
「ルール一として、分割された魂魄は片方が死亡した場合、もう一方に還元されるとさっき説明したな。つまりミコちゃんが死亡した際、その記憶がマコちゃんに引き継がれた。だからマコちゃんは、自分のもう半分がいつどこで死んだのかがハッキリと分かったわけさ。
ちなみに彼女は、宝を探していることがバレないよう、十一時四十分頃にわざとグラスを割るという工作をしていた。それはミコちゃんとしてグラスを割り、一度退場して着替え、マコちゃんとして謝るという一人二役だったんだな。この工作のおかげで、ミコちゃんは零時に、教会で探索をすることができていたわけだ」
そういうことか、とモエカちゃんは頷く。彼女はそのとき現場にはいなかったが、後からソウヘイにでも話を聞いていたのだろう。
「……ここからが問題だ。マコちゃんは、零時を過ぎたときに記憶が還元され、自身の片割れが殺されたことを知った。だとすれば、その後の状況に、あまりに奇妙な箇所が出てくる。……分かるよな、シグレ」
少し質問を振ってみたが、シグレは振られることを予想していたようで、
「そうですよね。記憶がすぐに還元され、そのためにマコちゃんが目を覚ましたなら、タイムラグがほぼゼロということになる。だったら、マコちゃんが慌てて外へ出たとき既にミコちゃんの死体が一角荘の前にあったのはおかしい……!」
求めていた通りの回答だ。
そう、それがこの事件を通しての際立った異常。
死体の状況の特殊性。
「最初の事件だけじゃない。続く第二、第三の事件も全て、教会で殺されてから何故か死体が遠く離れた場所で発見されているんだ。どうして死体が教会から移動させられたのか、そうすることで犯人にメリットがあるのか、第一どうやって死体を移動させたのか……それを説明できる答えなんてあるのかよと心の中で悪態を吐きながら、それでも必死に考えてみた。
……そして、それはあったんだ。血が、鍵になった」
急に血というワードが出て、モエカちゃんは一瞬意味を掴めずにいたようだが、すぐに小さく声を上げ、
「ああ、そういえば地面に所々、血痕があったような気はするけれど……」
「……それだよ」
この教会の、女神像の前にも付着している血痕。それは、鏡ヶ原のあちこちで散見されていた。
「事件が起きて以降、鏡ヶ原の地面に落ちていた血痕。それは教会から死体の発見現場に向けて、一直線上に落ちていたんだ。ここから考えられるのがルール六。被害者は全員が教会で殺害された後、直線状に移動させられ、教会から遠く離れた場所で発見された……」
でも、とモエカちゃんは疑問を差し挟む。
「それじゃあただ、死体が真っ直ぐ移動したってことが分かっただけじゃない」
「十分だろう。第一の事件の状況とも合わせて、死体が高速で真っ直ぐに移動したことが分かったなら、謎解きには十分だ」
「……高速、で……」
死体が移動した速さなどは考えていなかったのだろう、モエカちゃんは目を丸くした。考えれば当然の解なのだ、ミコちゃんの死体は徒歩で十分はかかる教会と一角荘間を瞬時に移動したことになるのだから。
「ミコちゃんの死体は、二、三分とかからずに教会から一角荘の前まで移動させられた。なら、移動速度はかなり速くなければならないに決まってる。じゃあ、どうやればそんなことが可能になる? そもそも、生身の人間に可能なことなのか……?」
「え……何? あなた、まさか」
「馬鹿げてるだろ? でも、これはそんな大き過ぎた死角の問題だったんだ。この問題について考えたとき、浮かんでくる方法は一つしかないんだから……」
これは、人知を超えた事件だ。
魂魄を巡る、常識の及ばぬ怪事件。
「ああ……だから地鳴りが」
シグレの呟きに、俺はそうだと頷き、
「つまりルール五の、被害者の殺害と同時に発生した地鳴りは、被害者が投げ飛ばされるときの音だったんだ」
「投げ、飛ばされた……」
想像もしていなかった解に、モエカちゃんは驚愕する。
けれど、普通に考えれば有り得ない方法でも、この鏡ヶ原では、閉ざされた霊空間では、起こり得ることなのだ。
「もう分かっただろう。犯人はただ……ここにやって来た人間を殴り殺して、外へ放り投げただけだったんだ。ルール二として挙げた魂魄の固着条件には、きっちり則っているわけさ……」
魂魄は生体機能を持つ人間、或いは人型の人形にしか宿れない。
要するにそれは、人の形をしていれば魂は宿るということに他ならなかった。
「ね、ねえ……待ってよ? じゃあ……犯人って誰なのよ! 誰が三人を殺したっていうのよ!」
「……ルール四。教会で魂魄の分割実験に使われた人形は三つ。そして鏡ヶ原事故で報道された犠牲者は四人、プラス橘姉妹で六人。うち五人は予定されていた被験者だった。
マコちゃんは妹の体に魂魄を固着され、ミコちゃんの魂は実験中に消滅している。更に言えばルール三より、聖痕のなかった人形には現在、魂魄が固着していない。ここまでくれば、もう犯人はたった一人しかいないじゃないか……」
「……そんな……そんなことって……」
からくりが分かってしまえば、後は単純な差し引きの問題だった。
ただ一人、魂魄の行き場を失った存在を見つければいいだけの。
解が、どれほどに残酷な結末を示していようとも。
控除しきれないものが一つだけ残るのなら、それが紛れもない真実なのだ……。
「……君は」
俺は、ようやく犯人に語りかける。
途方もなく長い時間、認識されることもなかった悲しき魂魄に。
「二年前の夜、テンマくんと肝試しをしに教会へ向かい、一人で教会に忍びこむことになった。そして……不幸にもGHOSTの実験現場を目撃し、研究員も予定外だった六人目の被験者となってしまったんだ。
だから、君には……分割された君の半分には、魂の固着場所がなかった。そのせいで君は、あまりにも残酷な運命を辿ることになった。……この二年間、君はずっとこの場所に繋ぎ止められていたんだな」
女神像へ――その中に宿る彼へ向けて、俺は名前を告げた。
「君がこの事件の犯人だったんだ……タクミくん」
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