幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー【ゴーストサーガ】

観劇者への挑戦状付、変格ホラーミステリ三部作。
至堂文斗
至堂文斗

27.レイジとラン

公開日時: 2021年5月12日(水) 00:01
文字数:1,915

 回廊を曲がった先。

 さっき逃げ込んだ倉庫の扉が閉まっていた。

 確か、抜け出すときは扉が半開きになっていたはずだ。

 だから今、そこにあいつがいることは自然に察せられたのだった。


「……ラン」


 扉越しに、俺は声を掛ける。

 すると、鼻をすする音が聞こえた後、


「……何よ」


 という、ランのふて腐れた声が帰ってきた。


「……大丈夫か」

「……もちろんよ。だから、レイジも早く探索に行って。私も私で、調べるから……」


 どう考えたって、強がりでしかない言葉。

 そんな彼女の台詞に、素直に従うわけにはいかない。


「……馬鹿だな」

「なっ、何が馬鹿よ!」

「何でもないフリをしたって、お前に隠せるわけないんだから。……お前がどんな顔してるかくらい、俺には分かるんだから」

「……レイジ」


 涙で目を真っ赤に腫らして。

 嗚咽を必死に押し殺そうとしているラン。

 そんな彼女の姿が、俺には容易に想像できる。

 曲がりなりにも、俺は彼女と長い時間を過ごしてきたのだから。


「……それでいいから、少し……話しますか」

「何をよ」

「何でも。今、話したいことを……とりあえず、話していよう。それでいいからさ」


 扉の向こうのランに、優しく投げかける。

 向こう側からは、くぐもった声が返ってきた。


「……馬鹿は、あんたよ。レイジの馬鹿……」


 その言葉は、決して嫌な響きを持つものではなく。

 裏返しの感情が垣間見えるものだった。

 だから、少しずつでも心の内を曝け出してくれるよう。

 俺はただ静かに、彼女の話を待った。


「……私ね。こう見えて、意外と厳しい家庭に生まれて育てられたんだ。だから、中学生くらいまではアホかってくらい、マジメに生きてたの」


 消え入りそうなほど小さな声。だけどその言葉は、ちゃんと俺に届いている。

 明るさが取り得だった彼女の、隠してきた過去。


「成績優秀、品行方正。今じゃ寒気のするような言葉だけど、あの頃の私はその言葉に縛られてた。親の期待に応えるために、そうじゃなきゃダメなんだっていつも自分に言い聞かせながら、毎日過ごしてた」


 品行方正。ランが寒気のすると表現した通り、今の彼女には似合わないワードだ。

 当時の彼女もそう感じながら、けれども親の重圧ゆえ必死に追い求めていたのだとすれば……それは苦渋の日々だったことだろう。


「……高校生になったくらいに、それが耐えきれなくなって。何か変えたい、変わりたいと思ったときにね? あんたが楽しそうに笑ってるのを、偶然見つけたのよ」

「……俺?」

「そうだってば」


 ランはそこで力なく笑い、


「何の悩みもなさそうに、誰かと笑って、遊んで、学校生活を満喫してる。そんなあんたが何故か目について、仕方なかった。それで私も、真似してみようとして。せめて外側からだけでも明るく、楽しくいこうって決めたの」


 きっと、ただの偶然だったに違いない。

 俺以外にも学校生活を楽しんでいる奴は山ほどいるし、むしろそいつらの方が満喫していることだろう。

 記憶喪失に苦しんでいた俺なんかよりも。


「……ミス研は、あんたが推理小説を読んでるらしいと聞いて、それを参考に作った部なのよ。尤も、私はオカルト方面しか知らなくて、違う意味のミステリになっちゃったけどね。そこに入り浸るようになって、あんたの目に止まって、話をするようになって……少しずつ、話せる人、遊べる人も増えてった」

「……謎だらけだったからなあ、最初の印象。そもそもそのときは、中身がなかったわけだ」


 よもや、ミステリ研究部創設の理由が俺だったとは驚きだし、恥ずかしかったが。

 こいつの行動力からすれば、おかしくないなとも思った。


「私は、ミス研を作ったこと、そこで楽しく笑えるようになったことをさ。本当に幸せなことだって、昔の自分ならできなかったことだって誇りに思ってた。……思ってたん、だよ」


 それなのに。

 ランは声を上ずらせる。


「……どうして、こんなことになっちゃったんだろう。私のワガママのせいで、テンマくんも……アヤちゃんも……!」

「……ラン」

「まぼろしさんなんていなかった。いたのは……恐ろしい霊だけだった……!」


 必死に声を押し殺そうとして。

 けれども堪え切れずに、漏れ出る嗚咽。

 ああ、どうかそんなに嘆かないでくれと思いながら。

 扉を開けて、彼女の涙を拭えればと思いながら。

 その気持ちをぐっと堪えて、代わりの言葉を送る。


「……ランのせいじゃないよ。お前のせいなんかじゃ、ないから……」


 ……それから。

 俺はしばらくの間、扉を挟んで彼女と話し続けた。

 もう大丈夫だからと何度か言われたけれど、それでもその声は震えていて。

 それが落ち着くまでの間、俺は彼女のそばに居続けた。

 そうして俺たちは、気づけば二十分ほども、様々なことを、懐かしみながら話していたのだった……。

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