体が…… 手の先からつま先まで、熱湯の中にでもいるかのように熱い。
朦朧とする意識の中で、お腹の底から込み上げてくるモノを、口や鼻から勢いよく吐く。
血の混じった様なオレンジ色の液体が、口の中から大量に出てきた。
「……っ! ……っ……?」
――なんだこれ? そう声に出して呟こうとしたが、声が上手く出ない。
まだ視界がぼやけてしまっていて、状況が全く飲み込めない。
ガンガンッ――と、耳障りで大きな音が辺りに響いていた。何かが壊れる様な音と主に風が体を撫でる感じするが、それが熱いのか冷たいのか、良く分からない。
人影が見え、数人が慌てた様子で自分の元へ寄り、力の入らない体を抱き起してくれる。
「――ろ!? ……―――!」
「……っ! ――――!?」
何かを叫んでいる声が聞こえるけど、頭に入ってこない。
御姫様抱っこで抱きかかえられて、何処かに運ばれているのが辛うじて理解できる。
――助かった、のかな? あれ? 助かったってなんだ? そういや、なんか事件に巻き込まれたんだっけか? 空を見るのも、外の空気も久し振りな気が……する……な。
強く揺すられる感覚があるが、もう、意識を保って居られない。
「クソッ!? 無茶な逃げ方をしやがって!!」
「ダメです、組織の奴等全員が爆発に巻き込まれて……。辛うじて大型トラックで逃げ出していた科学者達も谷から落ちた衝撃でひどいありさまですよ」
「攫われた子はどうした!?」
「いま全力で救出にあたっています」
「時間ないぞっ! ガソリンに引火する前に何とかしろ!」
「よしっ! 開いた。うわっ、なんだ、この匂い!?」
「マスクをしろ、マスク! いたっ! あの子じゃないか? 急げ急げっ!」
「おい、しっかりしろ!? ……体に損傷はない!」
「呼吸は……あるな! 生きてるっ!」
「人体実験のカプセルか! いや、だからこの子は落ちた衝撃に耐えられた……か」
「おい! 早く出ろ、そろそろヤバいぞ!」
「離れろ離れろっ! 救急と消防に連絡。手の空いてる奴は火が広がらんよう心掛けろ!」
全員が安全圏に離れた所でトラックが爆発した。
「間一髪ってとこだな」
「君のおかげで色々な人が助かったんだ、皆が君の事を……お、おい? 大丈夫か!?」
「ばか、そんな揺らすなっ!」
「わ、わるい」
「とりあえず横に寝かせて安静して、それから誰かタオルか何か体を拭くモノ持ってこい」
「く、苦しそうだぞ、大丈夫なのか?」
「……分からない」
「分からないって――くそっ! 俺達がもっと早くに見つけてやれていれば」
掴み掛かりそうになった手を止め、強く拳を握りしめて地面に叩きつける。
「この一か月間、この小さい体で一人、耐えて来たんだ。大丈夫だって信じるしかないだろう。もう、組織は全滅、科学者達も爆発に巻き込まれたり、事故に――」
「最悪の事態だけは回避したが、ひと段落……だな」
「唯一の心残りは、この子にいったいどんな実験をしてやがったかって事だな」
白く清潔そうなタオルで腕や脚を拭いていると、遠くからヘリの音が近づいてくる。
―――――――――――――― ★☆★ ――――――――――――
よく分からないが立派な個室で、オレなんかに使って良いのか? と思う程の設備。
オレが目を覚ましてからいったい何日たったのか―― カレンダーも時計すらない病室で看病される毎日。夢の様な感覚だったのがここ数日の記憶。
最初は体を動かすのも億劫だったが、やっとベッドから起き上がって自由に動ける。
喋れない程に怠い様な毎日もやっと終わる。今日は気分も体の調子も軽い気がする。
なんか監視されているんじゃあないかって程に、手厚い看護を受けていた気分だ。
そう、そんな軽い気持ちでベッドから足を延ばして降りようとした。
「…………っ!? ――っ!! っん? ぅっ!?」
声が出ない! いや、それ以前にあれ? オレの足が子供の様なんですけど!?
ベッドから降りようと伸ばした足が床に着かない、手も自分の手じゃない。
自身の事で慌てすぎてベッドの端に居た事を忘れて、床に転げ落ちた。
すぐに立てると思っていたのに、足は思うように力が入ってくれないようで、ベッドの台座を這うようにしてやっと体を起こせた。
視界に映る自分の手を見ても子供の様に小さく、手は白く綺麗だ。
何度もグーとパーを繰り返して、力を入れたり抜いたりして自身の手だと実感する。
「ちょっと! 大丈夫!?」
あぁ、母さんか。
と言おうとしたが口がパクパク動くだけで言葉が上手く出ない。
色々とパニックになっていて気付かなかったが、多分、ベッドから転げ落ちた時に大きな物音を立てていたんだろう。目の前にいる母さんと看護師さん、それにオレの親友というか悪友とでも言った方が良いかもしれない友までいた。
その誰もが、物凄く心配そうな顔でオレの事を覗き込んでいる様子だ。
「大きな物音がしたから、ベッドから落ちたの? 強く打ち付けた所は?」
自分より取り乱す様子と見て、逆に自身が落ち着くきっかけになった。
大丈夫と伝えたいが、手段がない。
とりあえず書くモノでもあればと思い辺りをキョロキョロ見渡してしると、看護師さんが何かに気付いた様子で、ナース服のポケットからメモ用紙と胸ポケットにあったボールペンを差し出してくれた。
「えっ、右目……」
――右目がどうかしたのだろうか? 小首を傾げながらもオレは出されたモノを貰う。
《大丈夫、落ち着いて》
母さんが涙目で抱き着いて、
「そう、よかった」
と、何度か呟く様に言う。
オレは母さんの背中に手を伸ばしてポンポンと撫でる様に叩く。
やっと落ち着いたのか、オレを立たせてくれたのだが、足に力が上手く入らなかった。
すぐによろけて母さんに強く抱き着かないと立っていられない。
急いでオレを抱きかかえて、ベッドへと座らせてくれる。
「流石に寝たきりでしたから、少しリハビリすればすぐに歩ける様になるからね」
そう、看護師さんが頭を撫でながら言ってくれる。
「私は医院長を呼びに行ってきますので」
綺麗なお辞儀をして、病室を出て行った。
――なんだろう、良く分からない違和感がある。
「あぁ、もうこんなにくしゃくしゃに髪とか乱れちゃって」
何やら大きめの手提げバッグから色々と取り出して、長くなった髪を梳かし始める。
あ、髪の色がピンク色だよ、なぜだ。
「あ~、その。幸(ゆき)? ひ、久し振り……だな」
目が泳ぎ、しどろもどろになりながらも樹一(じゅいち)が声を掛けてくれる。
《ん、久し振り? だね》
美形で少し可愛い顔立ちをしているが、身長は高くスラッとした体形ながら柔らかそうな筋肉がしっかりと付いている、モデル体型の美青年だ。
樹一は自身の髪を掻きながら、つぎの言葉が出てこない様子だった。
「……違うだろう」
そう樹一自身が薄っすらと映る窓に向かって言葉を吐き捨てるようにいうと、勢い良く片膝をついて、ベッドに座るオレよりも低く首を垂れる。
何事かと驚いているオレに、樹一はゆっくりと口を開いた。
「ごめん、俺ぁあんときに、お前を助けてやれなくて」
少しの沈黙が続いた。膝元に小さく涙で濡れた跡が微かに見えた。
オレは樹一の頭をポンポンと撫でる様に叩き、メモ用紙を手にしてペンを走らせる。
《ダメだよ、あの時はオレ達が勝手に皆を助けようって動いたんだから。その時に助け出した皆を先導して守るのが樹一の役目、失敗したのは、オレでしょ?》
「いや、だが」
《気に病まない。オレはこうしてここに無事で居るんだからいいんじゃない?》
「無事って……お前な」
オレの事を驚いたような顔でしばらく見つめていた樹一だったが、静かに目を閉じた。
体を震わせるようにして、小さな声で、
「無事じゃあないだろうが――」と、聞こえてきた。
最後の方は良く聞き取れなかった。
ブルッと体が震えて、ちょっとした体の信号を伝えてくれる。
《か、母さん、トイレ》
「え、あ~、はいはい」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!