「設定等は相手方がやってくれたようでな、セキュリティソフトとかも最高だそうだ」
あのお父さんが、一生懸命に喋る姿は珍しい……というより、初めて見た気がする。
いつもは一言で終わるのに。
「あら、へそくりで買ったとかでは無いのね」
「それも、少し考え……あ」
へそくりの事がばれて、ちょっと落ち込むお父さん。
「あらら、そう。でもそうね、それなら服とかに使ってもらおうかしら? 携帯電話も」
「ん、それも良いか」
あ、元気になった。
「それじゃ、お礼に背中流してあげるわね」
あぁ、更に元気になっている。
ここは病院ですので、少し自重をしてもらいたいです。
なんか、変わらない両親を見て自然に笑ってしまう。
《わわぁ!? なに?》
急にお父さんに頭を撫でられた。
「幸十、君にも一つ覚えておいてほしい」
お父さんは少し屈んで、オレの目をジッと見てくる。
「君がどんな姿になろうとも、名前が変わろうと。君達は母さんと父さんの子だ」
《えっと……》
ギュッと握られた両手が少し痛かったが、その分の気持ちが強く伝わってくる気がした。
オレは今、どんな顔になってしまっているのだろうか。
自分でどんな表情をしているのか、さっぱり分からないけれど、両目から頬を伝う暖かい涙の感覚だけは良く分かってしまう。
「明日は仕事だから残念で無念な私なんだが、千代さんは今日、この病室に泊っても良いという許可をね、貰ってきたんだよ」
「あら! 本当に」
お父さんは本当に不思議な人だと思う。
オレや母さんの事を良く見ているというか、気が付きすぎる事が多々ある。
「色んな事があった後だ、悪いが我慢する事を私は許さない。そして私達も我慢はしない、幸十には甘えてもらうし、甘えたい願望を押し付けていこうと思うんだ」
「あらら、良いわね」
あ、あれ? なんか話が変な方向にいってる気がする。
「という訳で、千代、最高のモノを頼む」
力強く今までカッコ良かったお父さんが、デジタルカメラを母さんに渡す。
「任せて、究極の一枚を目指すから」
《あ、あの。あれ、えっと、お父さん?》
「君のせいで私のへそくりが無くなるだろうから、それ相応の対価を貰っても良いだろう」
《あ、はい。そうですね》
「君に、拒否権は無いから。しっかり母さんに甘えなさい」
なんか違う、こんな感じでいいのだろうか。
そっと母さんが耳元で囁く、「諦めなさい、」っと。
まぁ、別に悪い気はしないので良いけど。
ただ、釈然としないというか、本気でオレの心の中を見透かされているようで困る。
変な雰囲気から畳みかけで、オレの意地やら自尊心で素直に甘える事は無かったと思う。
相変わらずというか、なんというか。この両親には色々と敵わないな、ほんと。
そんな事を思いながら溢れてくる涙が止まらず、ギュッと母さんに抱き着いた。
それから後の事は朧気で、何時の間にか寝てしまっていた。
======☆☆ ★★【琥珀視点】★★ ☆☆======
「やぁ、気分はどうだい?」
刑事の西願寺が、明るい声で訪ねてくる。
「ん~、好調ですかね」
五つのお手玉をポンポン回しながら、幸十と同じ姿をした女の子が適当に返す。
声を聴いた瞬間に西願寺は「ふむ、君か」と、陽気に笑った。
ニコッと微笑み、開いたのは右ではなく左瞼である。
「どうも。あぁ、そうだ僕の事は今後、琥珀って呼んでくださいね」
そして瞳の色は紅く綺麗な色をしていた。
「昨日、両親と話し合って決めたんですよ~」
優しい鈴音の様な声で、らんらんと歌うように答える。
西願寺は少し戸惑いがちに頭を軽く掻きながら、琥珀の話に耳をしばらく傾けていた。
「と、いう事は、君……いや、琥珀君? ちゃん? は決めたんだね」
「えぇ。ボクは、ですけどね。もう一人のボクも起きたし、世間的にも大変なのも分かるし、とりあえずはボクの方だけでも色々と決めていこうって事でね」
「そうか、悪いな」
「いえいえ。あぁ、ちなみにボク自身も、ごしゅじ……んっ、もう一人のボクも、心は多分、男の子ですので「君」の方が、嬉しい? 嬉しいかな~っと、思いますよ~」
西願寺と話してはいるが、さっきから目を合わせる事はなく、ずっとお手玉で華麗に遊びながら話を続けている。
「そ、そうか。では――」
「あくまで『ボクは』ですよ~。この体は、ごっ…… 幸十のモノですからかね」
「分かっている、だが君を蔑ろにはしたくない」
「うれしい事を言ってくれますね」
「君にも、幸十君にも我々は恩がある。最大限の礼儀をもって接するのは当たり前だ」
「えへへぇ、照れますな~」
「後は幸十君に――」
今まで軽やかに遊んでいた手がピタッと、停止した。
「ん~? それは、ダメですよ。詳しい事を思い出さないようにボクが色々とノートに書いて貴方達、警察に渡したんですから、今の幸十はまだ意識を取り戻したばかりで、色々不安定な精神状態なのですよ。ボク達の事を唯一知っている貴方からその言葉は聞きたくはなかったですね。……ちょっと、怒りますよ」
顔も声も明るく笑っているが、西願寺をジッと見つめる瞳は暗く色が無いように見えた。
「り、了解。すまない、悪い癖というか職業病というか、いや言い訳は良くないな」
西願寺は立ち上がると、きっちりと頭を下げ、もう一度「申し訳ない」と謝る。
看護師さんはというと。
「あらあら、琥珀ちゃんは幸ちゃんラブねぇ~」
なんて、揶揄う様に笑っているだけだった。
「分かってくれたんら、もういいです」
プイっと頬を少しだけ膨らませて、またお手玉を開始する。
「琥珀~誰か来ているの? あら? 刑事さん。こんにちは」
場を和ませるようなまったり声が、病室の空気を一瞬で変えた。
「い、色々と状況報告をしにきました。まぁ、本命はこっちのプレゼントなんですがね」
何やら家電製品でも入って居そうな、大きい紙袋を軽く指先手で叩く。
「あらあら、それはありがとうございます」
琥珀は小首を傾げすぐにお手玉を開始する。
興味なさそうなフリをしてチラチラと紙袋を見ていたのは、室内の全員が気付いていた。
「ちょっと人からの贈り物だ、君達の事を考えて作られた特別製だぞ」
西願寺は自分の手柄だと言わんばかりに、無駄に胸を張って答える。
「ふ~ん、そうですか」
「あぁ、まっ、医者の許可が取れればすぐにでも、出来る環境を整えてくれるそうだ」
「あの、中を見ても良いでしょうか」
「はい、どうぞどうぞ。あ、琥珀君は先生の許可が下りて出来る様になってからな」
母親と一緒に覗こうとした琥珀を静止して、態々、琥珀に隠す様にして袋を開く。
「あの、これって……ゲーム? ですか」
琥珀に聞こえない様に、声を極力控えめにして喋る。
「最近発売され、話題になっているゲームです」
「でも、お高いんじゃあないですか?」
「知り合いというか。開発者の娘さん達を助けてくれた、そのお礼として受け取ってほしいとの事でして。琥珀君達の隠蔽やら援助に協力してくれいる、信頼できる人なので」
断るに断り切れなかった、と。最後の方に少し愚痴っていた。
「そうですか、そう言う事なら。ありがとうございますと、その人にお伝えください」
小さく頭を下げている後ろで、ぶすっとした表情で琥珀がジト目を向けている。
「では、ナナ先生に渡すものが沢山あるので、自分はここで失礼します」
琥珀はツンとした態度で、特に興味がなさそうに看護師さんとお手玉で遊んでいる。
早く行っちゃえ、と目で訴える様に見送った。
西願寺が病室を出て行った後で、思い出した様に声を上げた。
ベッドのすぐ横に置かれた紙袋を、徐に漁り始める。
「あ、そうだお母さん。えっと~、あった。コレを渡しとくね」
琥珀ちゃんノート。と、可愛らしい星の落書きが散りばめられたモノを母親に渡す。
不思議そうな顔で首を傾げ、千代が琥珀を見つめる。
「それ【翡翠】に渡してね。ボクが生まれてから、彼が意識を取り戻すまでの事を、ボクなりに色々と纏めて書いたモノなんだ」
「えっと、【翡翠】に?」
千代が不安そうに琥珀を見る。
「そっ、翡翠に。翡翠じゃないなら…………ソレは燃やしちゃって」
「いいの?」
「うん、ボクの覚悟は出来ているし。それに多分だけど、大丈夫だと思うしね」
琥珀に確信は無いが、絶対に大丈夫だとでもいう様に笑顔で言う。
「ま、勘だけど」
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