◇◆◇ 【咲沢幸喜】 ◇◆◇
「お父さ~ん、はいコレ」
「……父さま、はい」
とたとた二階から降りてきた愛しの娘達が、ヘッドギアとノートPCを差し出してきた。
「プレイデータと本人達の感想の纏め、あとは自分なりに色々……簡単な設定と調整した」
「そうか、ありがとうな」
葉月がここまで積極的に協力してくれるとは、私にとってはかなり意外だった。
「それでね、お父さんに幾つかお願いがあるんだけど」
「お、お願い? なんだ? 聞いてやれるかは内容によるが」
家では大人しくおねだりやら我儘など言わない子達だったのに、今日は驚き連続だな。翡翠君に会うと聞いた時から、一緒に行くと二人揃って駄々をこねるし、おねだりまでしてくるなんてな、やはり恩人はそれだけ特別という事だろうか。
「今日は泊まりたいなって思ってるの」
「いや、それは無理だろう」
「あら、ちゃんと理由はあるんですよ」
言い回しがサチに似てきたな、性格も若干だがサチよりだし。はぁ、将来が不安になる。
「なんだ、その理由とは」
「翡翠さんの体調の事です、今日初めてゲームをプレイしたんですよ。ゲーム関連のある程度の知識とそれに対しての対処法はお母様達に叩き込まれた私達が居た方が、心強いかと思います。もちろん、風雪様たち両親の許可が得られなければ帰ります」
大きくため息を吐いて、渡自身の心を少し落ち着かせる。
確実に桜花のこの言い回しやら性格はサチのせいだな。アイツめ娘達に何を吹き込んだ。要らん知識ばかり増やして言ってないか。
「……お前たちに翡翠君の事は一切告げていないはずだが?」
「そこは、お母様の子供?」
葉月の言葉に「どういう意味だと」半分ほど口にして、私は思わず口を噤んだ。
桜花と違ってほぼ感情を表に出さない葉月がニヤリと意味ありげに微笑んだ。
一瞬だが目に光が宿っていないかの様な暗い瞳で私を見る。
昔のサチとの恋愛事を思い出して、背筋に冷たい汗が伝うようだ。
頼むサチ、娘達には真っ当に生きていて欲しいんだ。
変な事をこれ以上は教えこまないでくれと、彼女になんとか相談しなくてはならなそうだ。
「はぁ、勝手に覗いた訳だな」
「ごめんなさい」
さすがに悪い事だと分かっているようで、葉月はすぐに謝ってくれる。
「悪いと思っているなら一つ確認したい事がある。サチは……関係しているのか?」
私にそう聞かれると、葉月は分かりやすい程に肩を一瞬だけビクつかせた。
桜花も知らん顔して誤魔化しているようだが、動揺している様子は明らかだった。
「なんて相談したんだ」
もう怒りとか焦りや悔しさとか色んな感情を通り越して、呆れて無心というか。
ただいつの間に自分が出し抜かれていたのか、それを知りたくなったよ。
自分の娘達には完璧に出し抜かれ、妻は多分だが全部を知っていて、あえて私には何も言わずにいたという事だろう。
――ふぅ、情けなくて涙が出てきた。
「お前達の言い分は分かった、しかしなぁ」
「あら、良いですよ。そういう事ならこちらとしても心強いのは確かですし、それにあの子にも色々と慣れて貰わないとならない事もありますしね」
「はぁ、それは助かりますが…… どういうことですか?」
「女の子というものに慣れて貰わないといけないですよね。多少荒療治になったとしても」
「ん? あぁ、なるほど、大変ですね彼は。そういう事でしたら、娘達をよろしくお願いします、洗馬と東を付けますので、何かあれば彼女を頼っていただければ」
世話と護衛をさせている洗馬という執事と、身の回り世話をさせているメイド長を一人。さすがに多すぎると邪魔になってしまうだろうから、必要最低限の人数はこれくらいだろうか、補佐を一人置いておいた方が良いとも思うが、やはりこの二人に任せるのが最善か。
「はぁ、執事さんと、メイドさん?」
「えぇ、外に待機させていますが、呼んでもよろしいでしょうか?」
「えぇ、まぁ。まだ引っ越したばかりで散らかってますが、あまった部屋は開いている部屋はまだありますし問題は無いとおもいます」
「そう、だな」
あまり馴染みがないんだろう。風雪夫妻が驚きの表情を隠せず動揺しながらも頷いてくれた。これなら、さすがに娘達が風雪家に迷惑をかけることはないだろうと思う。
「そういう事なら、ちょっと片付けないとな」
「えぇ、そうね」
「いえ、そういったことは二人に言ってもらえれば良いかと」
「へ? いや、でも」
「これも、恩返しだとお思いください、彼等ならある程度の指示をしていただければ大丈夫ですので、掃除やら洗濯、料理などできない事はほぼ無いので」
「はぁ、では、よろしくお願いします」
風雪夫妻がお互いを見合って、千代さんがそう言ってくれた。
今日は一日だけとは言っても、あの二人のお気に入りに翡翠君はされた訳だしな、後々の為にも慣れて貰った方が良いだろう。
何故かは知らないが、サチの奴も翡翠君の事には乗り気なようだしな。
――すまない翡翠君、私は妻一人を抑えるので精一杯なんだ、娘達を抑え込むことは出来そうにない。
君の幸福を祈る事しか出来そうにない。
「いいか二人とも、迷惑をかけるんじゃないぞ」
「うん、大丈夫だよ」
「問題ない?」
ふっ、娘達よ、その笑顔はサチが良からぬ事を考えている時の顔だぞ。
主に私にだけ向けた時にだけ見せるよろしくない顔だ。
あぁ、全く持って信用できない笑顔だよ。
おや? 千代さんが先ほどとは打って変わって何やら思いついたのか急に心がはずんで落ち着きのない様子で階段を駆け上がっていく。
その様子を夫である目の前の彼が、ため息交じりに見つめている。
なんだろう、この親近感。
お互いに何も言わずに握手までしてしまった。
さて、葉月達が纏めてくれたデータはどんなものか。
帰りの車の中でノートPCを開いて、軽くキーボードを弄る。
「ふむ、良く纏められているな」
おっと、親バカになるのは良くないが……別に、どこか記入ミスをしている様子もないしデータも見やすく改善されている。
少し不安はあったが、やはりこのシステムを付けておいて良かったようだ。
初日に必要になるとは思っていなかったが、備えあればというやつだな。
「しかし、彼の脳は凄いな……」
二つの処理を同時にしている、これで常人より少しばかり精神負荷がかかる状態という。
まぁ、事前のデータから普通に耐えられるという予想は出来ていたが、予想以上だ。
けれど問題が無いわけではない、直観や運動、反射神経は琥珀君の方が優れているが、記憶や思考というモノが常人以下の数値。逆に翡翠君は記憶と思考、感覚が以上に数値が高く、運動や直観といった事が常人以下の数値を示している。
翡翠君はたしか元々は運動神経も抜群に良いと聞いていたが……多分、今の彼は運動音痴だろうと思う。
今の状態の彼等が良い状態でないのは確かだ。
けれど、それらを改善していった時に生じるリスクはどうだろうか、脳は耐えられるのか? 彼等は普通とは状態が違う。私一人でも先の事を考えておいた方が良いだろう。
「あの女にも相談しとくか……あの医者は苦手なんだがな」
妻に似た雰囲気はあるが、どちらかといと祖母の方に近い。
あぁ、何故に私の周りの女共は苦手な者達が多いんだ。
千代さんも妻とは別の……というより、逆ベクトルで苦手だ。
今後、翡翠君と琥珀君に関わると、私の胃がすり減っていきそうな気がするな。
――いや、いかんな、そんな事を考えては彼等に失礼か……。
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