ズィミウルギア

風月泉乃
風月泉乃

【オフ】19話

公開日時: 2020年11月10日(火) 08:00
文字数:3,653


「翡翠ちゃん、放してくれないかしら」

「ん~」


 翡翠がギュッと千代の体に抱き着いて放してくれない。

 甘えながら抱き着いて、顔を母の胸元にうずめる。


 何度目かの「放して」というと、嫌々と顔を小さく横に振っては寝ぼけながらも抱き着く。

 その度に仕方ないと頭を撫でると、抱き着いてきた力が緩む。


 流石にこれ以上は朝食の準備に遅れてしまうと、力が緩んだ瞬間に千代が抜けだした。

 物凄く寂しそうに空中をまさぐるが、しばらくして落ち着きを取り戻す。

 今度は逆に小鳥ちゃんに抱き着かれて大人しく眠りについた。


「もう、可愛くなっちゃって」

 軽く千代が頭を撫でるとくすぐったそうに身を捩った。




『あれ? ど、どうしたの。じゅ、樹一?』

「あれ、お兄ぃも泊まったの?」


 何故かオレの家のリビングで打ちひしがれて、大きなソファに樹一が座っている。


「何でもない。頼む、今は、そっとしておいてくれ」


 寝起きの目を擦りながら、樹一の姿をよく見てみる。

 ズボンだけがパジャマである。


 チラッと外を見ると、昨日に履いていたズボンが朝の清々しいそよ風に揺れている。

 何も言うまいと、樹一を見る事を止めてキッチンにいるお母さんの方へ駆け寄る。

 小鳥ちゃんは何も言わずに携帯を取り出して、何やら操作をし始めている。


『手伝う』

「あら、ありがとう」


 じゃあって言いながら、お母さんは樹一を一瞬だけ見ると、オレに小声で樹一の好きな美味しいデザートを作ってほしいと頼まれた。

 ピコンと樹一のケータイが鳴ると、小鳥ちゃんの方を青い顔をしながら見ている。

 小鳥ちゃんはニコッと樹一に微笑み返し、何やら小声で樹一に言っている。




《今回はこれで勘弁してあげる》

《ならその写真を消せって》

《……ん?》

《申し訳ありません、その画像を消していただけないでしょうか》

《ふふ、だーめ。今後は気を付けてね。翡翠ちゃんの裸を見るなんて許さないから》

《いや、あれは――》

《あら、言い訳ですかお兄様?》

《くっ、もういっそのこと処刑してくれっ!》

《あら、良いの? じゃあ、あの人達に送りますよ、このレア写真》

《申し訳ありません、それだけはご勘弁を小鳥様》

《よろしい、今後は気を付ける様に》

《くそぉ~~っ!》


 なんてやり取りが繰り広げられていた。無論、翡翠が知る余地は無い。


   ☆☆★☆★☆☆


 その後、少し遅れて双子ちゃん達が起きてきた。


 眠気眼の葉月ちゃんを引っ張って、一生懸命に連れて来ている。

 キッチンはそんなに広くないのに、メイドさんはキビキビ動いてオレとお母さんのサポートをしてくれる。

 それだけでいつもより楽に料理が出来てしまう。

 邪魔にもならず、欲しいモノが欲しい時に手元に届くって凄い。

 リビングの方は執事さんが完璧にセッティングしていてくれて、あとは料理をただ並べるだけという状態だった。


 朝食が終わって、デザートを完食し終える頃には樹一の機嫌も良くなっていた。


「あぁ、そうだ翡翠、今日はちょっと出かけるぞ」

『ん? どこに』

「まぁ、色々だな、あとは畑にも行くぞ」

『あれ? 今日って手伝い頼まれてたの?』

「いんや、違う。こいつを使う為にな」


 執事さんとメイドさんが食べ終わった食器を片付けてくれた机に、小さめの箱をオレの目の前にこれ見よがしに置いた。


『これは?』

「そいつの説明は、俺よりもそっちの二人に聞いた方が良いな」


 妙にワクワクした顔をオレに向けてくる双子ちゃん達を、樹一が苦笑いしながら指さす。




 オレ達はいま樹一のお爺ちゃんの畑仕事を、お手伝いをしている。

 と言ってももう殆どやる事が無いのだが、本命は別にある。


 オレの腕に付けられた、可愛らしい腕時計を使う為に此処へ来た。


 見た目はただのデジタルな腕時計なのだが、文字盤を指先でタッチして横にスライドさせると、ズィミウルギアのゲーム世界で見た様なステータスやアイテム表示の度に出していた電磁盤と同じ様なモノが飛び出してくる。


 ただゲーム世界と違うのは、その電磁盤を触っても反応はしてくれない。

 触った所で幻や幽霊みたいにスルっと空を掴むだけだ。

 ……幽霊が本当にそうかは知らないけれど、とにかくそんな感じ。


 実際は腕時計の周りにあるボタンや、カチカチと回転する端っこの部分で操作をする。


 葉月ちゃん曰く、

「AR技術はまだまだ難しい事柄が多いらしい、ゲームセンターに行けば大掛かりなモノがあって、そこでサバゲーなるモノが行われているらしい」


 そのおかげか、VR技術は飛躍的に進歩したとも言っているが、正直、オレには何を言っているのか話の半分も理解は出来ていない。


 分かるのは葉月ちゃんが嬉々として語りだしていた姿くらいだろう、本当に好きなんだなって誰もが解る程に生き生きと話していた。桜花ちゃんが良い感じでツッコミを入れてブレーキを掛けてくれなければ、永遠と話していただろと全員が思ったほどだ。


 とりあえずその電子盤を野に咲いた花に向けて枠内にいれ、カシャっと写真を撮る。ぴんっ!――っという甲高い音が鳴り、ジャガイモの種が画面に映し出されて消えた。


『これで良いの?』

「「オッケーです」」

 双子ちゃんが同時に、それも良い笑顔を向けて親指を突き立てて言う。


 葉月ちゃんだけは、すぐにはっとした顔をして、恥ずかしそうにしたお向いて俯いてしまい、もじもじとしながら小さい声で、

「やってしまった、恥ずか死ぬ」

 なんて言っている。


 他にも色々と機能があるのだが、今のオレには使いこなせない。


 分かっているは、フレンド登録した者をさっきの花を撮った時のように移す。

 ズィミウルギアのプレイキャラクターとして撮影が出来る。


 だから今の樹一にコレを向けて撮ると――、

「なにしてるのよ?」

 腕時計を構え、樹一を捉えれば畑に水を撒く清楚な美女がそこに映る訳だ。

「え、コレってお兄ぃ? お兄ぃのゲームキャラ?」

『うん、そう。びっくりだよね~』

 そんな事を言いながら、一枚記念に撮影する。

 樹一や双子ちゃんが言うには、この機能はオフ会? なるモノに用いられるらしい。

 まぁ、実際にこうして現実にゲームキャラの姿が映るのも面白いなと、今なら思える。

『とりあえず、保存、保存っと』


 まだちょっと使い慣れない。


 ちなみに、さっき撮った花は種に変える事が出来るようになり、ホームへ送られるらしく。

 そこで村人や使役した獣達に渡すことが出来る。


 あぁ、だけど売っている花は無理らしい。


 オレが最初に疑問に思って聞いたところ。

 基本はゲームを管理しているAI達が第一に調べて、分かりにくいモノを運営管理者が調べるらしい。


 カメラを撮った場所も記録されるらしいので、結構バレるそうだ。

 もちろんやり過ぎれば運営側からペナルティーを受ける。


 自分で育てたモノは大丈夫だそうだ。あとは、勝手からしばらく育てたモノでも大丈夫、ちょっと観察記録的なモノを撮る感じだけど。


 ただ、その分の種や花の素材が貰えたりする。

 他の機能では、動画だろうか。

 料理や物を作っている所の撮影、これは撮影自体は保存しなくてもただ映したモノでも良い、ゲームの子達が処理してくれるので運営側に一々個人情報を出すことはない。


 それをするだけで、料理をしていれば料理スキルが上がり、モノ作りをすればその作ったモノに関連するスキルが上がる。


 自分を撮るのに道具を一々外す事もなく、自分を撮るだけなら付けたままでも出来る。


 ちょっと狭い個室くらいの広さ、オレは行ったことがないが満喫? なるモノの個室位の広さを映し出すらしい。


 あとは、なにかあっただろうか。



「お~い、良いもんが手に入ったぞ」

 樹一のお爺ちゃんが大きめの袋を掲げて持ってきた。

「なんだよ、それ?」

 樹一は見当がついているのだろうか、物凄く嫌そうな顔をして袋を見つめる。


 オレも覚えがあるのだが、そこまで嫌じゃない。


 ただ、いま此処に居る女性陣には辛いかもしれない。


 あまり畑の手伝いをしてこなかった小鳥ちゃんは、どうやらパッと見ただけじゃあ分からないらしい。きっと見たら卒倒するな。


 お母さんは、静かに、しかし一目散に逃げだしていた。


 そして、分からない女の子三人はというと、

 ガバッと袋を開いた中を覗いて、悲鳴を上げてお母さんの方へと逃げていく。


 執事さんとメイド長さんは、

「ほう、大きいですな」

「りっぱですね」

 と、平然と見ていた。


「ほれ、こいつが嬢王バチだぞ」

 そう言って、死骸の嬢王バチをオレに見せてくれる。

 取り出した大きいハチの巣と一緒に、ついでと写真に収めてしまった。



 これが、後々にちょっとした事件を起こす事とは知らずに。

 ピコンっ! という音を鳴らし、何かを読み込んだ。



 この時は知らなかったんです、生き物も読み込む事が出来るだなんて。




 あぁ、そういえばコレの名前は【リルギア】っていうらしい。

 正式にはリアルギアという。まぁ、まんまだよね。


 腕時計型になったのは樹一のおかげ、他にもなんか可愛らしい小物がいっぱいあった。


 ズィミウルギアだけじゃなくて、色々な所で使われているモノだそうです。

 ゲーマーなる人達は持っていて当たり前だそうで、最近じゃあ誰もが持っているとか。



 ――オレは知らなかったけど。





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