「あれ?沙苗?」
土曜日の午前中、コンビニで買い物をしていた匠は同じく買い物中の沙苗に会った。
「なんか久しぶりだな」
沙苗が葉月や加恋たちと離れて過ごすようになってから1週間以上経っていた。その間、匠たちとも過ごすことはなくなり、話すこともなくなっていた。沙苗にとって匠と2人になるチャンスでもある文化祭の実行委員の集まりも、この期間はなかった。
「そうだね……元気?って元気か……クラスでは見てるし」
突然会って驚きのあまり何を話したらいいか分からなくなり、沙苗は1人でテンパってしまう。匠はそんな沙苗を見て笑う。
「俺だよ?何緊張してんの?」
匠の言葉に、いや俺だから緊張するんですけど、と心の中で沙苗は思った。
2人はコンビニを出て、なんとなく一緒に歩き出した。
「何か予定ないの?」
「あー。今日は特にねえな。圭吾と佑斗も用事あるんだって……そっちは?……ってケンカ中か」
匠の言葉に沙苗は気まずそうに笑った。
「理由はよくわかんねえけど、早く仲直りできるといいな……佑斗がすげー寂しがってる、野郎だけで飯食ってもつまんねえって」
佑斗の様子が容易に想像できて沙苗は吹き出した。そして、これを聞いたら匠は面倒くさがるかもしれないと思ったが、思い切って尋ねてみることにした。
「……匠は?匠は寂しくないの?」
沙苗の問いに匠は少し考え込む。
「んー……そりゃあ、寂しいっちゃ寂しいけど、俺は男同士でも楽しいけどな……あ、別にお前らがいなくていいとかじゃなくてな」
匠が思った以上に言葉を選びながら答えてくれたので、沙苗は驚きつつも笑顔を見せた。
「匠さ、優しくなったよね」
「え?俺?どこが?」
「上手く言えないんだけど……普段の会話はそんなことなかったけど、今みたいにちょっと面倒な質問とかされると、前は“俺は別に”くらいの答えだったと思うんだ」
「え?俺、そんなに素っ気なかった?」
「うん、結構。これは面倒なんだなとか興味無いんだなとか、すぐに分かったよ。あと、機嫌悪い時とか」
沙苗に笑いながら言われて、匠は何だか恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになった。
「今もさ、そういうのがゼロなわけじゃないよ」
「まだそういうところ、あんのか……」
沙苗の指摘に匠は感情をコントロールできない自分の幼稚さが情けなくなった。
「でもね、だいぶ変わったと思う。さっきの質問の話に戻るけど、男同士でも楽しいって正直な気持ちも言いながら、ちゃんとフォローするような言葉も入れて答えてくれて……前の匠ならあり得なかったかな」
「……いや、本当、なんかごめん」
沙苗の言葉を聞くにつれて匠は罪悪感で心が痛んだ。そんな匠を見ながら、沙苗はふと立ち止まる。
「……わたしもごめん」
突然の沙苗からの謝罪に匠は困惑する。
「え、いや、何で沙苗が謝るんだよ」
「わたしさ、ズルいんだ」
沙苗はそう切り出して、葉月や加恋と仲違いした理由を話し始めた。自分の匠に対する気持ちだけを隠して。
話を聞いた匠は必死に言葉を探していた。
「……そっか、うん、まあ理由は分かった……そうだな、確かに葉月と加恋の言うことは分かる……だけどさ、沙苗は何でそんなに間宮さんの悪口言うことに執着してたんだ?それに俺に嫌われたくないから俺の前では言わないようにしたって……」
話の内容も内容だが、イマイチ話の核心が掴めていないので匠は余計に戸惑っていた。そんな匠の困っている様子を見た沙苗は意を決して再び話し始めた。
「匠が間宮さんのこと好きなのが嫌で悪口言ったの。でも、匠の前で言ったら匠は怒るしわたしのこと嫌いになるから……嫌われたくなかったから……」
沙苗の目に涙を溜まっていた。沙苗の言葉とその表情で、匠は大体のことを察し始めていた。
「間宮さんじゃなくてわたしを好きになって欲しかった……」
沙苗は泣くまいと必死に涙を堪えた。匠が泣く女が嫌いなのを知っていたから。こんなズルい自分がもう嫌われているのは分かってる。だけど、せめてこれ以上嫌われるようなことはしたくなかった。
「わたし、匠のことが好きだよ……」
精一杯の笑顔を見せながら沙苗は気持ちを伝えた。匠のこれから言う言葉は決まっていた。だからこそ、匠の胸が痛んだ。沙苗の自分に対する本気の気持ちが伝わってきたからだ。前の自分からこんなことはなかっただろう。本気で菜緒に恋してる今だからこそ、こんなにも苦しくなるのだろう。
「……ごめん、沙苗。お前の気持ちには応えられない……」
「何で?」
「え?」
「きちんと理由を言って……じゃないと、諦めきれない」
悲しい表情を浮かべながら笑顔を見せる沙苗に匠の胸はますます痛んだ。ハッキリ言うことでもっと傷つけるのではないかと。でも、本気で向き合っている沙苗に対して、自分も真摯に向き合おうと決めた。匠は1つ息を吐いて、ハッキリと理由を告げた。
「俺、本気で間宮さんのことが好きだから」
「……ありがとう」
匠の力強い言葉を聞いて沙苗は大きく息を吸って笑った。そして、いたずらっぽく笑った。
「ま、でも匠も大変そうだね、これから」
「え?」
「だってライバルがあの蓮見くんでしょ?あのお祭りの時の雰囲気だと、なかなか手強そうだよ」
夏祭りの時の2人の雰囲気だけでなく、これまでの菜緒と淳人が2人でいるときの様子を思い返しながら、匠は「確かにな」と苦笑いした。
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