入学式から約1ヶ月が経ち、どこか浮ついていたクラスの雰囲気も落ち着きを見せ始めつつある。グループも決まり始めて、誰がどんなタイプなのか、誰と誰が仲良いのかが何となく分かるようになってきた。
菜緒も例に漏れず自然とグループで過ごすようになり、席が後ろの宮下《みやした》かおり、かおりと同じ中学出身の荒牧怜《あらまきれい》、そして玲と同じ吹奏楽部の広瀬愛華《ひろせあいか》と一緒にいるようになった。
菜緒を含めて4人とも特に目立つタイプというわけでもなく、ものすごく静かというわけでもない。基本的に明るく素直で真面目な性格だ。教師側からすると、非常に接しやすい、そんなタイプの4人が集まったグループである。
他には、ちょっぴりヤンチャで目立つようなグループ、体育会系のノリで賑やかなグループ、静かでおとなしいグループ……など、様々な色を持つグループが出来上がっていた。
そんな中、どのグループにも属さず周りと距離を置いているのが淳人だった。周りと必要最低限の言葉しか交わさず、常に表情は変えず冷たい目をしている。
そんな淳人に対して、クラスメイトたちは積極的に絡むことをやめ、だんだんと敬遠するようになっていた。陰口とまではいかないが、それぞれのグループで淳人のことが話題に上がることは多く、菜緒のいるグループも例外ではなかった。
「愛華、蓮見くんと何かしゃべった?」
かおりの問いに愛華は首を横に振る。愛華は淳人の隣の席だったが、入学してから交わした言葉は一言二言で、しかもそれは「おはよう」の挨拶くらいだ。
「かおりこそ、部活でしゃべったりしないの?」
「んー、必要最低限って感じかな」
かおりは野球部でマネージャーをしており淳人と関わる機会が他のクラスメイトより多いものの、淳人と言葉を交わすことはそう多くなかった。
「でもさ、特に共通の話題とかなければ、そんなもんなんじゃないの?」
2人の話を聞いていた玲が冷静に言った。玲は淳人とは関わる機会もない上に元々男嫌いということもあり、淳人がどんな人間であろうと特に構わないと思っている。
「そうなんだけどさ、蓮見くんは全身から近づくなオーラが出てるというか、見えない壁を作ってるというか……」
愛華の言葉にかおりも頷いて同調する。それを聞いて玲も「確かに」と同意した。
「やっぱり冷たい人なのかなぁ」
「うーん。優しくはないのかもね」
「野球部でも木村しか打ち解けてないしなぁ。それも木村が人懐っこい性格だからこそって感じだし」
菜緒は3人の話を聞きながら、以前出会ったであろう淳人の顔をふと思い出していた。菜緒自身は入学式で正紀からの紹介で挨拶をして以来、淳人と話はできていない。自分の中にあるその記憶の真偽については結局確かめられていないのだ。
自分の記憶の中にあるのは優しい笑顔を見せながら楽しそうに話をする淳人だった。今の淳人の雰囲気からは想像がつかない表情だ。もしかしたら自分の記憶違いかもしれないが、きちんと確かめられてない今、まだ淳人がどんな人なのか答えは出したくなかった。だから、淳人が冷たい人であるという結論を出そうとしている3人の話を自然と遮っていた。
「……蓮見くんはそんな人じゃないよ」
それまで黙っていた菜緒が急に言葉を発したので、3人は驚いて菜緒の顔を見る。そんな3人の反応を見て、菜緒は思わず言葉を発した自分に驚く。
「あ、ごめん。あの、わたしも蓮見くんのことはよくわからないんだけど……何となくそう思っただけ……」
以前淳人と会ったことがあるという記憶は自分の勘違いかもしれないという不安があるので、菜緒はその記憶のことは話さないでおこうと思い、慌てて自分の発言をごまかそうとした。
「あと、かおりの言うとおり、マサくんは確かに人懐っこいけど、誰でもいいってわけじゃないから。性格悪い人とか近づかない方がいい人とまで仲良くしたりはしないし。……だから、たぶん蓮見くんはみんなが噂するような冷たい人とかではないし、きっと優しい人だと……思う」
菜緒の言葉を聞いた3人は驚いた顔のままだった。菜緒は自分が何か変なことを言っているからかと不安になって3人の顔を見ていたが、3人の目線は菜緒の方ではなく菜緒の少し後ろの方を向いている。菜緒が不思議に思っていると、自分の後ろを誰かが通るのを感じた。
そして、その人物が何も言わずに愛華の隣の席に着いたのを見て菜緒は言葉を失った。菜緒たちが集まって話しているのは、愛華の席の周り――そう、今菜緒の後ろを通って席に着いたのは紛れもない淳人だったのだ。
――どこから聞かれてたんだろう……
菜緒は急に顔が熱くなるのを感じた。チラッと淳人の方に視線を向けたが、淳人はこちらを気にする様子もなく授業の準備をしている。
自分は悪口を言っていたわけではないが、別に仲良くしているわけじゃないのに、何かわかったようなことを言ってしまったのが、なんとも申し訳なく感じた。だが、淳人がどこまで自分の言葉を聞いていたのかもわからないし、謝るのもおかしい気がする。
どうするのがいいか分からず何とも気まずい気持ちになった菜緒は「席戻るね」とだけ言い残してその場を離れた。3人もそんな菜緒の気まずさを察して「うん」としか言えなかった。
菜緒に続いてかおりと玲が席に戻った後、淳人の隣の席である愛華はチラチラと淳人の様子を見ていたが、特に淳人から何かを言われたり、淳人がこちらを見ることはなかった。
菜緒はというと、淳人に対する気まずさと申し訳なさが消えずになんだかずっとソワソワしていて、その日は全く授業に集中できなかった。
放課後の野球部の部室で淳人は部活の準備をしながら考え込んでいた。表情が変わらないが、少し雰囲気が違う淳人の様子を見て、正紀は話しかけるのを躊躇していた。
「……なあ、木村」
とりあえず声掛けるのはやめておこうと思っていたところで淳人から話しかけられて正紀は驚いた。しかも、淳人の方から話しかけてくること自体が珍しいから、余計にビックリしてしまった。淳人はそんな正紀の様子を特に気にする素振りも見せずに話を続ける。
「お前の幼なじみの間宮さんに言っておいて」
「え?菜緒に?」
突如出てきた菜緒の名前に正紀はさらに驚く。
「……ありがとう、って」
淳人は表情を全く変えることなくそう言って、キョトンとする正紀を残して練習グラウンドへと向かって行った。
「……何なんだ?」
色々な驚きが続いて正紀は分けがわからなかった。ただ、考えても仕方がないので、部活から帰ったらすぐに菜緒の家に行って淳人の言葉を伝えながら話を聞いてみようと思った。
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