バレンタインがある週の日曜日、菜緒は図書館に来ていた。いつも通り勉強が目的だったが、その日はもう一つ目的があった。それは淳人と会うことだ。
前日に淳人から連絡があり、淳人も久々にトレーニングしに行くので勉強が終わったら少し話をしようと誘われたのだ。菜緒はそれがものすごく嬉しくて浮かれてしまい、その日の勉強は全くと言っていいほど頭に入らなかった。
2時間ほど勉強したところで切り上げて、菜緒は淳人に電話をした。すると、淳人もちょうどトレーニングを終えたところだったので、2人は外のベンチで合流した。幸い、その日は風もなく天気が良くて2月にしては暖かい日だった。
菜緒と淳人は間に人が1人入れるか入れないかくらいの微妙な距離感でベンチに座った。その空間が逆に菜緒の心をドキドキさせた。
最初は他愛もない話で笑い合い、次第にお互いの夢の話になり真剣に語り合い、あっという間に時間が過ぎていった。話が途切れ、そろそろ帰らなくてはという時間になったとき、淳人が少し恥ずかしそうに話し始めた。
「俺さ、告白しようと思ってるんだ、好きな人に……」
淳人の言葉を聞いた瞬間、菜緒は目の前が一気に真っ暗になるような感覚に陥った。淳人の言っていることが一瞬理解できなかった。
「あ、そうなんだ……」
突然深い穴に突き落とされたような気持になった菜緒はそう返すのが精いっぱいだった。そんな菜緒の様子を知ってか知らずか、淳人は笑顔を見せながら話を続ける。
「いつか言ってくれたよね?俺が告白する時は応援してくれるって」
「……うん、覚えてるよ」
菜緒は何も考えられなかった。ただただ機械的に言葉を発していた。バレンタインに気持ちを伝えようと誓っていた自分の心が打ち砕かれたのだ。突然こんな形で自分の恋が終わるなんて……そう思うと涙が出そうになったが、それを必死に堪えながら淳人の話を聞いていた。
「そしたらさ……図々しいんだけど、応援してもらってもいいかな?一言“頑張って”って言ってくれたら、頑張れるから」
もちろん菜緒の淳人に対する気持ちを淳人は知らない。だけど、なんてむごいことを言うだろうと、菜緒は思ってしまった。でも約束したことは守らなくちゃという義務感もある。そんなぐちゃぐちゃの感情を懸命に抑えながら菜緒は精一杯の笑顔を見せた。
「頑張ってね……」
「じゃあ、頑張るよ」
菜緒の言葉を聞いて、淳人はニッコリと微笑んだ。菜緒はさすがにもう耐えられないと思い、適当に誤魔化してその場を立ち去ろうとした時だった。淳人が真剣な表情をしてまっすぐに自分を見ていることに菜緒は気がついた。その突然の表情の変化に菜緒が思わず「どうしたの?」と言いかけた瞬間、淳人は丁寧に自分の想いを菜緒に伝えた。
「間宮さん、好きです」
「え……」
「俺の彼女になってくれませんか?」
色んな感情が込み上げてきてわけがわからなくなった菜緒は一切言葉を発することができなかった。ただ、目からは涙が溢れ出して止まらなかった。淳人はそんな菜緒の涙を見て慌てている。
「え、間宮さん?ごめん、俺……急に困らせるようなこと……」
菜緒は顔を両手で押さえながら首を横に振った。
「違うの……色々ビックリして……わたしの方こそ泣くなんて……ごめん」
どうにか涙を止めようと菜緒は一つ息を吐いた。そして目を閉じて流れる涙の量を抑えた。
「……蓮見くん、わたしにも“頑張って”って言って」
菜緒の突然の頼みに戸惑いつつも淳人はその通りに言った。
「頑張って」
それを聞いて菜緒は少しだけ微笑んだ後、真剣な表情でまっすぐに淳人を見つめた。
「蓮見くん、好きです」
そう告げて菜緒は満面の笑みを見せる。
「わたしを彼女にしてくれませんか?」
淳人は驚いた顔をしていたが、すぐに心の底からの笑顔を菜緒に向けた。
「もちろん」
そう答えながら淳人はそっと菜緒の涙を拭いた。
「……間宮さん、大好きだよ」
「うん……蓮見くん、大好き」
2人は顔を赤らめながら互いの顔を見つめて笑い合う。初めて2人が出会った場所でようやく2人の心は通じ合った。
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