屋上で菜緒が「匠の天敵」に認定されていた頃、菜緒と淳人は球技会実行委員の集まりに来ていた。クラスごとに座るので、当然菜緒と淳人は隣同士の席だ。
隣に淳人がいるという状況が新鮮だし妙に距離が近いような気がして、菜緒は少し落ち着かなかった。しかも、昼休みのことがあるので変に意識をしている自分もいて、何だか恥ずかしい気持ちにもなっていた。
チラリと淳人を見ると、相変わらずのクールな表情だった。隣に誰がいようがいまいが変わらないんだろうな、と菜緒は思った。そう思うと、自分一人でソワソワしているのがバカらしく思えた。
――別に普通に話せばいいんだよね。
そう思い、菜緒は開き直って普通に話すことにした。相手が淳人だから、とか考え過ぎないことにした。
「あのさ……大丈夫だった?」
菜緒が話しかけようとすると、淳人の方から声を掛けてきた。しかも、何かこちらを心配するような問い掛けだった。
「え?何が?」
「……あの、吉川……」
淳人が少し言いにくそうにしながら出した名前を聞いて、菜緒は淳人の問い掛けの意図がわかった。
「うん、大丈夫だよ」
菜緒が答えると、淳人は安心したような表情をする。
「間宮さんが吉川に絡まれてたってクラスのやつが話してたのが聞こえてさ……あのホームルームのこと?」
「うん、そう」
匠とのやりとりに関して菜緒はもう特に気にしていなかったのであっさりと答えたが、淳人は心配そうな表情をしている。
「ホームルームのことはさ、俺が原因でもあるじゃん」
「え、そんな、蓮見くんのせいじゃないよ。わたしが勝手にしたことだし、それに元はああいうことする吉川くんが……」
菜緒は慌ててフォローをするが、淳人は黙って首を横に振る。
「少なくともさ、俺自身でちゃんと吉川に文句言うなりすれば、間宮さんが行動する必要もなかっただろうし、吉川に絡まれたりもしなかっただろうし……」
そう話し出した淳人の表情にはいつもと違う揺らぎが感じられた。
「ああいうやり方されて吉川に腹が立ったくせに、その場が丸く収まればいいって思って何もしなかったんだ。なんか情けないよね…間宮さんに迷惑かけてごめん」
そう言って淳人は悲しそうに菜緒の方を見た。
「え、そんな謝らないで。わたしは本当に大丈夫だから」
「……ありがと」
淳人は表情にまだ悲しさを残しながらも、菜緒の言葉に対して微笑んでお礼を言った。
「あとさ、そのホームルームの後、俺結構そっけなくしたと思うんだけど……それもごめんね」
そう言われて菜緒はホームルームの後の淳人の様子を思い返していた。言われてみればそっけなかったかもしれないが、そんなに気にするほどではなかったと菜緒は思った。
「本当はさ、間宮さんに謝ってお礼もしなくちゃいけなかったのに、自分の情けなさとか恥ずかしさとかが勝っちゃって……」
「そんな、全然気にしてないって」
「あとは、その時も言ったと思うけど、女子が間宮さんで良かったっていう嬉しさもあって……」
そう言って今度は淳人はテレくさそうにしている。確かに「間宮さんで良かった」と言われたのは覚えているが、「嬉しい」という気持ちが含まれていたのは初耳だったので、菜緒までテレくさくなってしまった。
「なんか、ごめん……色々話しすぎたし要領得てないね……ちょっと黙るわ……」
淳人は恥ずかしそうに片手で頬杖をついて窓の方に顔を向けてしまった。
短い時間なのに随分と淳人の表情の変化を見た気がする。それだけで菜緒は嬉しい気持ちになった。また少しだけ仲良くなれた、そんな気がした。菜緒は「まだ始まらないのかな」と独り言とも取れるような声で呟き、必死に綻びそうになる口元を押さえた。
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