菜緒は徹を連れて体育館に来ていた。徹は菜緒の意図がわからず困っている。
「あの、間宮さん?」
「この後ね、うちのクラスのバレーの試合なの。よかったら一緒に見てもらってもいい?」
「え、ああ、別にいいけど……」
「じゃあ、ここで待ってて。あと、友達も一緒にいいかな?」
「うん、その友達が嫌じゃなければ……」
女子2人、しかも今日初めて喋る人と一緒に過ごすことになるなんて、と徹は気まずい思いもあったが、半分菜緒の勢いに押されて承諾した。
「じゃあ、呼んでくるね」
間宮さん良い人そうだし、その友達ならきっと良い人だろう、なんてことを思いながら、徹は菜緒が戻ってくるのをしばらく待っていた。バレーコート内では2試合目の準備が始まっている。そんな様子をボンヤリ見ていると、思いがけない声がした。
「五十畑?」
「え……蓮見?」
徹が声の主の方を向くと、そこにいたのは菜緒ではなく淳人だった。
「なんか、間宮さんにここに行ってほしいって言われたんだけど……」
それを聞いて、先ほど菜緒が言っていた「わたしにも大きなお世話焼かせて」の意味が分かった気がした。
「……ごめん、俺が頼んだんだ」
なぜだか徹は咄嗟にそんな嘘をついた。淳人は「そうなの?」と言いながら、徹の隣に座る。淳人が現れることを予想だにしていなかったので驚いたが、淳人が自分のことを覚えていてくれたことがとても嬉しかった。
「ビックリしたよ、俺のこと覚えてるなんて」
「俺、そんなに薄情に見える?」
徹の言葉に淳人は表情を変えずに返事をした。その表情を見て、徹は「やばい」と思った。
「え、あ、そんなつもりじゃ……あの、ほら……」
蓮見にとって南中出身の人間は全員敵なのかもしれない。徹の頭にはそんなことがよぎり、ものすごく焦っていた。やたらと慌てている徹を見て淳人は微笑んだ。
「大丈夫だよ、別に怒ってねえよ」
淳人のその言葉と笑顔に徹はホッとする。
「なんか、表情出さないのがクセになっちゃっててな」
ちょっぴり悲しそうに淳人はそう続けた。その言葉の意味が痛いほど理解できるので、徹はつられて悲しそうな表情を浮かべる。
「なんで泣きそうな顔してんの?」
徹の表情を見て、淳人が驚きの入り混じった声で尋ねる。
「いや、だってさ……あんなことがあったら誰だって……」
自分も無視された経験がある。人から自分の存在を全否定されている気持ちになり周りが全員的に見えてくる。「ツラい」なんて言葉では片付けられないくらいのものだ。しかも淳人の場合は、無視だけじゃない、その前から理不尽な嫌がらせだって受けていた。そりゃあ、誰だって心を閉ざしたくもなる。徹はその時の淳人の気持ちを想像すると、何て言葉を続けたらいいか分からなかった。
「……まあな……確かに正直傷は癒えてないしまだまだ人を信頼はできてない……また同じようなことがあるかもしれないって思うと怖いよ……だからいまだにあえて人とは壁作ってる……」
淳人は何かを思い返しながら、ポツポツと自分の気持ちを話した。徹は何とも言えない表情をして淳人のことを見ていた。
「でも大丈夫だよ。心配すんな」
自分を心配そうに見つめる徹の背中を淳人はポンポンと叩いた。
「ちゃんと信頼してる人はいるから」
笑顔を見せながらハッキリとそう言い切った淳人の言葉を聞いて、徹はホッとして微笑んだ。
「そっか……」
「ちなみにお前もその1人だから」
「えっ!?」
思わぬ言葉に徹は思わず大きな声を出してしまう。幸い、周りが賑やかなのでそんなに目立つことはなかった。
「何で俺?いいの?俺だよ?」
徹はちょっとパニックになりながら、自分自身のことを指差した。そんな様子がおかしくて淳人は思わず声を出して笑いながら、言葉を付け加えた。
「お前だけだったから、俺への態度変えなかったの」
徹はイマイチその言葉の意味がわからなかった。確かに自分は周りのように淳人を責める気もなかったし、淳人に関する悪い噂は一切信じてなかった。だけど、中2でクラスが分かれてからは話すこともなくなっていた。だから、態度を変えるも何もなかったはずなのだが……
「あの野球部でのことがあってから、何回かお前から“おはよ”って声掛けてくれたんだよ」
言われてみればそんなこともあったかもしれないが、自分にはそんな深い意味はなく、ただ目の前に淳人がいたから挨拶したそれだけのことだった。
「たったそれだけでもあの時の俺には救いだったんだ」
「そんな救いだなんて……」
自分が淳人にしてもらったことを考えたら、そんなの全然足りないくらいだ。だけど「皆が無視する中で誰かに一言でも話しかけてもらえる」という嬉しさも理解できる。色々な思いが混ざって徹は何と言っていいのか分からなかった。
「ありがとな、五十畑」
言葉を必死に探している徹に、そう言って淳人は笑顔を見せた。間違いなく徹が知っている中1の時の淳人の笑顔だった。
「……俺の方こそだよ、蓮見」
何か込み上げてくるものをグッと堪えながら、徹はそう伝えるのが精一杯だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!