「あれ?」
菜緒が図書室での勉強を終えて靴箱に行くと、帰ろうとしている匠の姿が見えた。匠は「おう」とだけ返事をする。
「またお説教?」
「ちげーよ」
「あ、居残りか。歴史のノートの提出忘れてたもんね」
今日の歴史の授業で匠が居残りを命じられていたのを菜緒は思い出した。
「うるせえよ」
口では悪態を吐きつつも匠は自然と菜緒が靴を履くのを待っていた。菜緒はそんな様子には特に気づかず靴を履き匠のもとに来た。
「そっちは」
「え?あ、わたしは図書室で勉強してた」
「わざわざ?」
「図書室にしかない本とかあるでしょ?それがあると勉強が進んだりするからさ、たまにね」
自分には縁がないことだなと匠は思うと同時に、そういった面での菜緒との距離は遠いなと虚しさも感じた。一緒に昇降口を出たものの、特に共通の話題もなくて、しばらくは黙ったまま並んで歩いていた。席が隣でも大して話しているわけでもない、うんと仲良くなったわけでもない。それで偶然帰りが同じになったところで話が弾むわけでもない。ましてや、自分の菜緒に対する感情は以前と真逆になっているのだから。自分で変な意識をしてしまっているのを匠は感じていた。
「あのさ……」
とりあえず、何か言おうと喋り出してみたが言葉が続かない。菜緒は不思議そうにこちらを見ている。やむを得ず、今日の昼休みのことを切り出した。
「蓮見の好きなやつって誰だろな」
匠から淳人の話題が出るのが意外だったのか、菜緒はビックリした顔をしている。
「蓮見くんのこと気になるの?確かわたし以外に蓮見くんのことも嫌いじゃなかった?」
「いや好きじゃねえけどさ……てっきり……」
匠は夏祭りのことを思い出していた。1番気になっていることだが、答えによっては自分はショックを受けるかもしれない。だけど、確認しておきたかった。
「間宮さんと付き合ってんのかと思ったよ」
「え!何で?」
「いや、夏祭りで2人のこと見かけたから」
「そうなの!?……でもあれは違うよ。他の友達も一緒でたまたま2人になっただけ」
菜緒の答えを聞いて、匠はものすごくホッとした。だが、それを表に出すわけにはいかず「ふーん」と興味なさそうな返しをするしかなかった。
「夏祭りは彼女と行ってたの?」
「いや、圭吾たちと……っつーか、あの彼女と別れた」
「え!そうなの?で、今はまた新しい……」
「いねえーよ」
菜緒は匠の答えを疑うような顔をしていた。
「何で?彼女が途切れないのを自慢げに話してたのに」
「本気で好きなやつと付き合えるまで彼女作るのやめようかと思って……そういう話したの、間宮さんとじゃん」
「いやそうだけど……なんか信じられなくて」
「ひでぇな……俺だってやる時はやるんだよ」
そうハッキリと言った匠の表情は噓をついている人の顔ではないと菜緒は感じた。
「へえー、そっか……そしたら、本気で好きな人見つかるといいね」
菜緒は優しく微笑んだ。菜緒がこんなに柔らかい表情を自分に見せるのは初めてかもしれない、と匠は思った。たったそれだけのことが匠には嬉しくて、なんだかテレくさくなってしまった。必死にその気持ちを隠しながら匠は菜緒の言葉に「そうだな」とだけ答えて笑った。
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