『俺遠慮なく行くから』
『恋愛だけは俺の方が上手だからな』
淳人は昨日の別れ際に匠から言われた言葉を思い出していた。それ以外にも、匠の過去の話とか色々と驚くことばかりだったのだが、最後の最後の話が一番効いた。
――よりによって、あいつがライバルか……
恋愛なんて未経験に近い自分と恋愛経験豊富な匠がライバルになるなんて思ってもいなかった。これからのことを考えると何だか気が重くなる。思わず大きなため息を吐いてしまった。
「どうしたんだよ」
近くにいた正紀がビックリした顔をしている。
「あ、悪い……気にしなくていいから」
「いや、そう言われても気になるから。お前のあんな大きなため息、初めて聞いたぞ」
「……いや、大したことないから」
淳人が話を切り上げようとした時、かおりが「何?何?」と会話に入ってきた。厄介なことになりそうだ、と思い、淳人は急いで荷物をまとめた。
「じゃ、俺先に教室行くわ」
そそくさと部室を出ていく淳人の姿を正紀とかおりはポカンと見ていた。
「どうしたの?蓮見」
「さあ?でも、かおりが来なかったら話聞けたかも」
正紀にそう言われて、かおりはしまったという表情を浮かべた。
「ごめん、わたし、またやっちゃった……」
反省するかおりを見て正紀は苦笑いをして、かおりの頭をポンポンと叩いた。
******
「と、いうわけで、わたしが邪魔しちゃったみたいなんだよね」
今日の朝練でのことをかおりは、いつもの3人――菜緒、愛華、玲に話していた。
「菜緒以外に感情を出さない蓮見くんが無意識に人前でため息つくなんて」
愛華はわざとらしく菜緒と淳人を絡めた言い方をする。菜緒は愛華の意図に気がついたが、そこにツッコむのも恥ずかしいので、あえてその部分にはリアクションをせずに淳人の心配をした。
「何か悩んでるとか?部活のこととか……」
「んー、今のところそれはないかな。正紀以外の他の部員たちともだいぶ打ち解けてきたし、先輩たちからも声掛けられてるし……まだ大きな試合は出てないけど、練習試合とかでちゃんと結果出してるし……」
かおりは部活での様子を振り返りながら答えた。
「成績とかでもなさそうだしね」
玲がそう言うと愛華はうんうんと頷く。
「隣の席の時チラッと通信簿覗いたけど、オール5に近かったよ」
「本当に?すごいね……っていうか人の通信簿覗いちゃダメでしょ」
冷静に玲から注意され愛華は誤魔化すようにヘヘッと笑った。
「となると、もう恋の悩み一択だね」
かおりは自信満々に言い切った。その瞬間、菜緒の表情が固まる。
「え?じゃあ、あの時好きな人いるって言ってたのは本当なのかな?てっきり、あの先輩たちがうっとおしいから吐いた嘘だと思ってた」
玲は淳人が遥を振った時のことを思い出していた。菜緒は胸が痛むのを感じた。あまり考えないようにしていたが、淳人に本当に好きな人がいてその人のことを考えてため息をつくなんて、どれだけその人のことを好きなんだろうと、自分じゃない誰かを淳人が強く想っていると思うと苦しくなった。自分が淳人の好きな人のことをどうこう言う権利はないのは分かっていても。
菜緒の表情が暗くなっていくのを感じて、愛華は慌ててフォローする。
「いや、まだ恋愛の悩みって決まったわけじゃないから」
「あ、そうだよね……ごめん、なんか1人で勝手に暗くなってた」
愛華の言葉を聞いて菜緒はハッとした。かおりも慌てて自分の先程の言葉を打ち消すやように菜緒に声を掛ける。
「ごめん、ごめん、わたしが決めつける言い方したからだよね」
「ま、わたしらが考えてもしょうがないんじゃない?菜緒は気になるかもしれないけど、蓮見くんのことは蓮見くんの問題なんだから」
玲のもっともな意見に菜緒たち3人はその通りだと頷くしかなかった。少し空気を変えようと、愛華はふと気になったことを切り出した。
「ところでかおり。いつの間に木村くんのこと下の名前で呼ぶようになったの?」
愛華はかおりの方をじっと見つめた。菜緒と玲は全くそんなこと気づかなかったという顔をしつつも、かおりの方をじっと見ている。
「え?わたし呼んでた?いやー、いつからかなぁ」
はぐらかそうとするかおりを愛華は逃さなかった。どんどんかおりを追い込む質問をする。だが、核心に迫ろうとしたところで次の授業の予鈴が鳴ってしまった。かおりはいつもなら面倒くさそうに席に戻るくせに、その時ばかりはものすごいスピードで席に帰っていった。
そんなかおりを見て、あそこまではぐらかすってことは絶対何かあったな、と3人は確信した。そして、その次の休み時間に、とうとうかおりがファーストキスをしたことを白状して3人は大騒ぎになるのであった。
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