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第29話 触れちゃいけないこと

公開日時: 2022年6月15日(水) 15:00
文字数:1,957

球技会は順調に進み、午後の試合も予定通り始まっていた。菜緒と淳人はクラスの応援に加えて、実行委員の係もあり忙しく動き回っていた。特に淳人はバスケの試合にも出るのでより忙しくなっていた。


1年A組の成績は、バレーのAチームとBチームは共に二回戦敗退、バスケのAチームとBチームは順当に午後の準々決勝進出を決めた。そして、今はBチームがその準々決勝の試合を戦っている。匠、圭吾、佑斗のコンビネーションが良くチームを引っ張っていて、この試合も順調に点を重ねてリードしていた。


もう少しで第2クォーターが終わるという時、アクシデントは起こった。


「匠!」


相手選手と接触した、いや正確にはわざと転ばされた匠がうずくまって立てなくなっていた。


「大丈夫か?」


圭吾や佑斗、他のメンバーが駆け寄る。


「痛え……」


転んだ時に打ち付けた肘を押さえながら、匠は顔を歪ませる。その箇所を見ると真っ赤になっていた。仲間たちは救護スペースに行くことを勧めたが、匠は「平気だ」と突っぱねた。しかし、腕を動かそうとすると痛みが走った。


「匠、無理すんなよ」


「吉川の代わりになるかは分かんねえけど、試合は俺らが出るからさ」


圭吾や佑斗、他のメンバーたちに説得されて匠は救護スペースに向かうことにした。


「うん、強い打撲だね。ちょっと冷やしておこう」


匠の腕を見た養護教諭はそう判断して応急処置をする。


「念のため様子見たいから、もう少しここに座ってて腕動かさないでね」


そう言って養護教諭は他に怪我をしている生徒の処置に向かった。


匠はその場に座ってコートの方を眺めた。試合の方はハーフタイムが終わり第3クォーターが始まるところだった。すると、突然後ろから声がした。


「大丈夫?」


振り向かなくてもその声の主が誰なのか匠にはすぐ分かった。


「これくらい平気だよ」


あえてそちらを見ずに返事をした。すると、その声の主はクスッと笑いながら「そっか」とだけ返事をした。


「あ、間宮さん、吉川くんの氷変えてあげてくれる?」


少し離れた場所にいた養護教諭がその声の主に声を掛けた。匠はそれを聞いて小声で「マジかよ」と呟く。何でよりによってコイツなんだ、と心の中で強く思った。


「ちょっといい?」


そう言いながら菜緒は匠の腕を冷やしている氷を取り新しい氷を患部にあてた。


「この辺りで平気?」


「ああ」


匠は素っ気なく返事をする。菜緒は特に気に留めることもなく、近くにあるテーブルの整理を始めた。時折試合の方に目を向けながら「よし」とか「あー」という声を出している。匠は、まるで自分の存在なんか意識していない菜緒の態度がなんだか気に食わなかった。話しかけてほしいわけではないが、自分だけが妙に敵視して意識しているのが惨めに思えてくる。そんな思いがなんだか気持ち悪くて、早くどっか行ってくんねえかな、と心底思った。


「わざとだったよね」


急に菜緒が口を開いた。心なしか怒りがこもっている気がする。匠は特に返事をしなかった。


「あの人、わざと吉川くんのこと倒してた」


菜緒の視線の先にはたった今シュートを決めた相手チームの生徒がいた。匠もそちらを見て「ああ」とだけ返事をする。その生徒は2年生で、匠のマークについて執拗に匠を倒していた。ただし、審判を欺くような卑怯なやり方だ。なんでそんなことをされるのか、匠は見当がついていた。


「あいつの女寝取ったからな」


思いがけない言葉に菜緒は絶句した。そんな菜緒のリアクションがなんだかおもしろくて匠はプッと吹き出す。


「ごめん、間宮さんには刺激が強いよね」


匠は初めて菜緒より優位に立った気がした。自分でもしょうもないことでと思いつつ、自分のペースに菜緒を巻き込めそうなのが嬉しかった。


「吉川くんをちょっとでも可哀想って思ったことすごく後悔してる」


菜緒の言葉を聞いて匠は鼻で笑った。


「別に間宮さんに同情してもらう必要ないから」


「はいはい」


大きなため息をついて菜緒は試合を見ながら作業を再開した。匠はもう少し菜緒をからかいたくなった。


「間宮さんは彼氏とかいないの?」


「……いないけど」 


案外菜緒が素直に答えたことに匠は驚きつつも、次の質問を浴びせる。


「じゃあ、いたことはないの?」


その瞬間、菜緒の手が止まり、沈黙が続く。何となくただの沈黙じゃないような雰囲気を感じて、匠は初めて菜緒の方を向いた。菜緒は何か思い詰めるような泣きそうな顔をしている。さすがの匠も何かまずい質問だったのかと思い、内心焦っていると、菜緒も初めて匠の方を見た。そして、笑顔でキッパリと言いきった。


「いたことないよ、そんなの」


顔は笑っているが目には悲しみが表れていた。匠はそれ以上何も言えなかった。菜緒もそれ以上は何も言わず、作業を続けた。匠が救護スペースを離れるまで、なぜだかそこはずっと重い雰囲気のままだった。

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