匠はいつも一緒につるんでいる仲間と共に帰り道を歩いていた。
「なんか悪者になっちゃったな、お前。」
仲間の1人である神戸佑斗《かんべゆうと》が匠の方をポンポンと叩きながらからかう。
「うるせぇな。」
匠は佑斗の手を払いのける。冷たくあしらわれた佑斗は、その後ろを歩く他の仲間に向かっておどけたしぐさを見せた。そんな姿を見て仲間たちはクスクス笑いながらも、匠の機嫌をとろうとフォローを入れ始める。
「でもさー、間宮さん、良い子ぶってるよね。」
「あんな風に言って立候補するなら最初からやれっつーの。」
「ホントホント。匠に当てつけるみたいな言い方してさ。」
「そうそう、かなり嫌味っぽいよね。」
匠の後ろを歩いている上原沙苗《うえはらさなえ》と葛城加恋《かつらぎかれん》が口々に菜緒に対する不満を言い始めた。
「でも、ちょっと意外だよな。大人しそうな顔してあんな風にできんの。ちょっとグッと来たわ。」
その2人の少し前を歩いている藤山圭吾《ふじやまけいご》がちょっとふざけながらそう言うと、早苗と花蓮の隣にいる前橋葉月《まえばしはづき》が吹き出す。
「え、圭吾、嘘でしょ?ああいうのがタイプなの?いかにも真面目で頭堅そうでつまんなそうじゃん。」
バッサリと菜緒を評価する葉月の言葉に佑斗が若干引き気味で笑う。
「葉月、お前キツイなー。」
「まさかあんたもああいうのがいいの?」
「いや、そういうんじゃないけどさ、意外とああいう子の方が豹変するっていうかさ、あっちはすごかったり……」
佑斗の何か意味を含んだような言い方に女子3人は大げさに笑う。
「ちょっとあんた、何考えてんの?」
「やらしー。っていうかああいう子はあっちもつまんないって。」
「そうそう。単なる男子の願望っていうか妄想だよ。」
口々に浴びせられる言葉に「そういう意味じゃねえよ」と佑斗はムキになって否定した。そんな様子を見て圭吾はゲラゲラと大笑いしている。
すると、匠が突然立ち止まり不機嫌そうな表情で黙り込んだ。佑斗たちはそれに気づき少しずつトーンダウンしていく。そして、不思議そうに匠を見つめた。
「……悪い、俺1人で帰るわ。」
匠はそう言って歩くスピードを上げてその場から去っていった。
「結構、ダメージ来てんな。」
圭吾は去っていく匠の後ろ姿を見ながら呟いた。他の仲間たちも「だね」と圭吾に同意しながら頷く。そして、葉月がポツリと疑問を口にした。
「っていうかさ、匠って何であんなに蓮見のこと目の敵にしてんだろうね?」
「確かに。それわたしも思ってた。匠が気にするような相手なのかな?」
「蓮見ってクラスに馴染んでないし、いつも1人でいるし、明らかに浮いてるけどさ、別にわたしたちに害はないしね。」
早苗と加恋も次々と疑問を口にする。佑斗と圭吾も女子たちの言葉を聞きながら頷いていた。
「それは俺と圭吾もすげー疑問だった。いや、俺も蓮見みたいに何考えてんのか分かんねえやつと仲良くしようとは思わねえけど、別に嫌うほどでもねえよなって。」
佑斗はそう言って圭吾の方を見る。
「何だろうな。もう最初のころから蓮見のこと良く思ってねえんだよな。理由を聞いても“なんかムカつく”ってしか言わねえし。」
圭吾の話を聞いて、そこにいた全員はさらに疑問を深めていった。匠が淳人に抱いているネガティブな感情の理由は誰にも分らなかった。いつも一緒にいる仲間とはいえ、入学して1か月ちょっとの付き合いだ。お互いの心の深い部分まで理解するというのは無理な話で、匠の心の内が分かるまでにはもっと時間が必要であるということだけは、誰もが理解していた。
とにかく1つだけハッキリしているのは、匠がネガティブな感情を抱く相手がもう1人増えたということだ。
「まあ、とりあえず、今の匠は蓮見よりも間宮さんに腹が立ってしょうがないって感じだろうな。」
圭吾がため息交じりに言うと、他の仲間たちもそれに同意した。
1人になった匠は改めて今日のことを振り返っていた。だが、思い返せば思い返すほど腹が立ってくる。たったあれだけのことなのに、なぜこんなにもイライラするのか自分でも分からず、匠は自分のバッグを思いっきり殴った。
「あの女、マジでムカつくわ。」
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