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第84話 初めての帰り道

公開日時: 2022年7月8日(金) 20:00
文字数:2,377

「間宮さん、お待たせ」


野球部の練習を見学していた菜緒は一足先に校門で淳人を待っていた。淳人はよほど急いで来たのか少し息を切らしている。菜緒はそんな淳人を見て微笑んだ。


「そんなに慌てなくて良かったのに」


「いや、待たせちゃ悪いし……それに早く話がしたくて」


はにかみながら淳人は菜緒の顔を見た。菜緒はその淳人の言葉と表情に胸がキュンとなるのを感じた。


「じゃ、行こうか」


菜緒は頷いて淳人の隣を歩き出した。今まで何度か帰り道を共にしたことはあるが、付き合ってからは初めて一緒に帰る。2人とも嬉しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいだった。2人の間には、クラスメイトの時よりは近い、だけど恋人同士にしては遠い、微妙な距離がある。その微妙な距離感に気がついたのか、淳人が言いづらそうに口を開いた。


「あのさ、俺たちって付き合ってるでいいんだよね?」


「え?うん……わたしはそのつもりだったけど」


「いや、俺さ、間宮さんが初めてだから……こういうのってどうしたらいいかよく分かってなくて」


淳人はそう言いながら苦笑いした。菜緒は淳人が人生で2人目の彼氏ではあるが、決して慣れているわけではなかった。それをどう伝えようか迷っていると、淳人が気を遣いながら尋ねてきた。


「ちなみにさ、間宮さんは……誰かと付き合ったことある?」


「……うん、1人だけ」


菜緒の答えを聞いて、淳人は小さく「そっか……」とだけ返事をした。いくらトラウマになったことだからといって嘘は吐きたくなかったので正直に言ったが、淳人の反応を見て菜緒はいたたまれない気持ちになった。


「俺が初めてじゃないのか……残念」


そんな菜緒の気持ちを察したのか、淳人は笑顔を見せながら明るめのトーンで言った。


「……でも、正直あんまりいい思い出じゃなくてさ……こんなこと言うのもあれなんだけど……わたしも蓮見くんが初めてが良かったな」


菜緒は笑顔だったが、どこか悲しそうな表情だった。淳人は菜緒のそんな表情を見たことがなかったので、相当良くない思い出だったのかと感じた。詳しく聞きたい気持ちもあったが、菜緒の傷をえぐるようなことはしたくなかったので、必死に代わりの言葉を探した。


「……じゃあ、俺とはたくさんいい思い出作ろう。思い出した時に間宮さんも俺もいっぱい笑えるように」


優しい言葉と笑顔の淳人に菜緒は胸がいっぱいだった。力強く「うん」と言って頷くと淳人は嬉しそうに笑った。


それから2人は少しだけ距離を縮めて、色々な話をしながら帰った。なんてことない話題ばかりだったが話は尽きず、あっという間に奈緒の家の前に着いた。


「送ってくれてありがとう」


「いやいや、俺がそうしたくてそうしてるんだから」


そう言いながら2人は微笑みあった。そして、淳人が帰ろうとした時、菜緒は「待って」と引き留めた。淳人が不思議そうに見ていると、菜緒はカバンの中から小さな包みを取り出した。


「はい、これ。今日の最大の目的」


「あ……」


今日は2月14日、バレンタインデーだ。いつもならさほど気にしないが、今年はさすがの淳人も意識をしていた。何だかカッコ悪くて表には出せなかったが、この瞬間を待ち遠しかったのが本音だ。


「ありがとう……」


淳人は顔を赤らめながら受け取った。


「正直そんなにお菓子作り得意じゃないから不安なんだけど……変な味はしないと思う」


菜緒の言葉に淳人はクスクスと笑った。


「楽しみにしてるよ」


「あの、おいしくなかったら正直に教えて……次の参考にもしたいし……」


「ってことは、またいつか作ってくれるの?」


淳人は嬉しそうに笑いながら問い掛けた。


「え、あ、うん……あ、でもそんなに頻繁にはできないと思うから……その、期待はしないでね」


「うん、わかった……でも楽しみにはしてる」


慌てる菜緒の頭を淳人はポンポンと優しく叩いた。思っていたより大きな淳人の手が温かく優しくて、菜緒はドキドキしてしまった。そのドキドキを誤魔化そうと、菜緒は実はずっと気にしていたことを尋ねた。


「……他の子からもらったりした?」


「ううん。毎年全部断ってる」


「そうなの?」


「小学生くらいまではさ、ラッキーくらいに思って何も考えずもらってたけど……中学生になってからはなんか悪いなと思って、義理だって言われても受け取らないようにした……」


「そうなんだ」


「口では義理って言っても実はそこにどんな気持ちが込められてるからわからないし、こっちに気がないのに変に期待させても嫌だから……だったらって思って全部断ってる……自意識過剰かもしれないけど」


淳人は苦笑いしていたが、菜緒は何だか淳人らしいなと思った。


「ちなみにこれは本命?」


「もちろんだよ!」


冗談っぽく淳人が言った言葉に菜緒は笑いながら言い返した。


「すごく嬉しいよ……ありがとう」


菜緒にもらった包みを優しく見つめながら淳人は菜緒にお礼を伝えた。


「ホワイトデーにちゃんと返すけどさ、今お礼させて」


「え?」


淳人はそう言って菜緒をそっとゆっくりと抱き締めた。


「お礼……っていうか俺が嬉しいことになっちゃったな」


菜緒を抱き締めながら淳人は苦笑いした。菜緒は淳人の胸の中で首を横に振る。


「ううん……わたしもすごく嬉しいから大丈夫。もったいないくらいのお礼だよ」


菜緒の言葉を聞いて、淳人はゆっくりと身体を離した。


「ちょっと名残惜しいけど……ここ家の前だもんな」


「確かに……」


「ごめん……今度から気をつけるわ」


テレくさそうに頭を掻く淳人を見て菜緒は優しく微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ帰るね」


「うん、また明日ね……気をつけてね」


「うん、じゃ、またね」


そう言って淳人は歩き出した。菜緒は曲がり角まで淳人を見送った。その間、淳人は何度も振り返って手を振ってくれた。気を遣わせてるかなと思いつつ、菜緒は淳人がこっちを見てくれるのがたまらなく嬉しくて笑顔で手を振り続けた。

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