菜緒が振り向くと、そこに立っていたのは実行委員の別のクラスの男子だった。
「ごめんね……急に」
「あ、大丈夫だけど……」
「あ、俺、五十畑徹《いそはたとおる》って言います」
「あ、間宮菜緒です」
五十畑は優しそうでどことなく頼りなさそうな雰囲気の男子だった。実行委員で一緒なので、もちろん見かけたことはあるが、話すのは初めてだった。係も被っていないので特に話すこともなかったのだが、徹は意を決したように菜緒に話しかけてきたのだ。一体なんだろう?と菜緒は次の言葉を待っていた。
「……蓮見、どんな感じ?」
淳人の名前が出てきたこともそうだが、あまりにも漠然とした質問をされたことに菜緒は理解が追いつかず首を傾げた。
「あ、ごめん……えっと、俺さ蓮見と同じ中学出身なんだ」
自分でも漠然とした質問をしてしまったと思い、徹は仕切り直して順に話し始めた。
「って言っても、中1の時だけ同じクラスだったんだけど……でも、まあ友達と呼ぶにはおこがましいっていうか蓮見に悪いんだけど……」
菜緒は黙って徹の話を聞いていたが、まだ徹が何を伝えたいのかは見えてこなかった。
「その……つまり……俺中1の時クラスでイジメられてたんだ」
急に飛び出した衝撃的な言葉に菜緒は驚く。
「って言っても、無視されるとかハブられるくらいのもんだから、大したことはないんだけど……」
菜緒は「いやいや大したことなくはないでしょ」と思ったが、話を遮らない方がいいと思い相槌だけ打って話を聞いていた。
「でも、蓮見だけは普通に接してくれて……最初は偽善ぶってるなって思って受け入れられなかったんだけどさ、あいつそれでも全然態度変えなくて……」
徹は懐かしそうに笑顔で話している。
「まあ詳しく話すと長くなっちゃうからアレなんだけど、蓮見のおかけでさ、中1の後半くらいからはさ、少しずつ他のクラスメイトとも話せるようになって無視とかもなくなって、中2で蓮見とはクラス離れたけど、友達もできて……」
「そっか……良かったね」
正直、結局透が何を言いたいのかまだ分からなかったが、そのことに関しては素直に良かったと菜緒は思った。
「ありがとう……で、だから俺は蓮見に感謝してるし大好きなんだ……だからこそ、今の状況が気になってて」
笑顔で淳人への気持ちを話した後、徹は少し悲しそうな顔をした。
「クラス離れて蓮見とは話すこともなくなったけど、時々楽しそうに友達と話してるの見かけたり部活で頑張ってるって話聞いたりしてたんだ……でも、中2の夏くらいから急に蓮見変わっちゃって……」
突っ込んで話を聞きたい気持ちを菜緒はグッと堪えた。
「表情も変えなくなっちゃって誰とも口聞かなくなって、周りと壁を作るようになって……いつの間にか野球部も辞めてて……」
徹はそこまで言って一呼吸置いた。
「間宮さんも聞いたことあるかな?あいつが野球部見捨てたって話」
菜緒はためらいがちに頷いた。
「あれ、違うんだよ」
それまでどこか頼りなさそうに話していた徹が、力強くハッキリと言い切った。
「逆なんだ。野球部が蓮見を見捨てたんだ」
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