「わたし、蓮見に悪いことしたかも……」
正紀を無理やり引っ張ってきたかおりはガックリと肩を落としていた。
「え、何が?」
何も気づかなかった正紀は、なぜかおりが落ち込んでいて、しかも淳人に申し訳ないと思っているのか理解できなかった。
「いや、あのままさ菜緒と吉川が仲良くしてるところを後ろからずっと見てるのもキツいかなーって思って菜緒に声掛けたんだけど、それで菜緒と蓮見が上手いこと一緒に帰る流れにならないかなーとか……」
「ごめん、かおり、どういうこと?」
状況が飲み込めていない正紀にかおりは信じられないという表情を見せる。
「だから、蓮見が完全に機嫌損ねてたじゃん!菜緒と吉川がいい感じだったから!」
「え、蓮見って菜緒のこと好きなの?」
正紀から発せられた質問にかおりは絶句する。
「ウソ、気づいてなかったの?」
「だって、あいつとそんな話してしねーし、菜緒と蓮見が一緒にいるところとかあんまり見たことねーし」
「夏祭りの時の雰囲気とかさ……」
「だって、俺あん時は自分のことでいっぱいいっぱいだったし」
「まあ、そうか……」
言われてみれば正紀が淳人の菜緒に対する気持ちに気づくチャンスはそんなになかったな、とかおりは思った。自分も別に淳人から聞いたわけでもないし、雰囲気だけで判断してるだけだったが、さすがに今日の淳人の態度を見たら確信を持っていいはずだ。
「あいつ、ヤキモチとか妬くんだな」
「表情変わんないけどね、雰囲気には出ちゃってたよ」
「だから、急に帰ったのか」
「たぶんね……かえって嫌な思いさせちゃったな……菜緒に声掛けない方が良かったかも」
「かもな。でも、まあ何とも言えないな。あの距離で仲良い2人を見ながら歩いていくってのもキツイだろうし、かえって良かったんじゃん。帰っちゃえば見なくて済むし」
「まあね……しかし、あの2人があんなに仲良くなってるなんて意外だったな」
「あの吉川ってやつは菜緒のこと好きなわけ?」
正紀の質問にかおりはハッとする。正直言って、そこについてはあまり意識していなかった。
「どうなんだろう?」
「もしそうだとして、蓮見が何となくそれに気がついてるとしたら、あいつとしては相当ダメージあるよな。菜緒もそいつのこと好きなんじゃないかって思い込んだりしてな」
「ええ!!ダメだよ、それは!」
正紀の推察に対してかおりは思わず大きな声を出してしまう。
「俺に言うなよ……だとすると、ちょっとこじれるかもな」
正紀の不吉な言葉にかおりは一気に不安そうな顔をする。
「蓮見はさ、自分の感情を外に出さないだろ、たぶん恋愛となるともっとそうだと思うんだよ。だから、色々1人で考えて自己完結する可能性がある」
「……ってことは?」
「菜緒が吉川のこと好きだと思い込んで身を引く可能性が……」
「ダメだってそれは!」
さらに不吉なことを言い出す正紀にかおりは正紀の両肩を掴みながら大声を出す。正紀は苦笑いしながら、そんなかおりの手を自分からそっと離した。
「だから、俺に言うなよ……現に今日だって自分が真っ先に帰ってったじゃん」
かおりはガックリと肩を落とすしかなかった。
「どうすれば……」
「どうしようもねえよ」
「……冷たい」
かおりはボソッと呟き、横目で正紀を睨んだ。
「いや、だって、これは菜緒と蓮見の問題だろ?ましてさ、俺らは蓮見の気持ちをちゃんと聞いたわけでもなく、憶測だけで話してんじゃん。だからさ、下手に俺らが何かして余計にこじれてもさ……」
「……でも、もどかしいよー!」
「まあな。でも、蓮見とうまくいってほしいがために、菜緒にさ吉川と仲良くするなっていうのも変な話だろ?」
正紀の言っていることが正しいのは分かるが、かおりはやりきれない気持ちと葛藤して「うーん」と唸っている。
「とりあえずさ、お前はさ、菜緒が何か話してきたら相談に乗ってやれよ。もどかしいと思うけど、それくらいなんだよ、できることは」
正紀はそう言いながらかおりの頭を撫でた。かおりは元気なく「うんそうする」と答えるのが精一杯だった。
その頃、淳人は1人家路を歩きながら何とも言えない自分の気持ちと向き合っていた。菜緒が誰と仲良くするかは菜緒が決めること。自分がとやかく言えることじゃない。匠だって菜緒のことが好きなんだから、菜緒と仲良くしようと行動するのは自然なこと。当たり前だが、それに対しても自分は何も言えない。だけど……
目の前で2人が仲良く話している姿を見たらどうしようもない感情に襲われた。なんで笑い合って楽しく話してるんだ、そんな理不尽なことさえ思ってしまった。
何で自分は心が狭いんだ、と淳人はため息をついた。しかも、2人と一緒にいたくなくて早々とその場から逃げ出した臆病者だ、と淳人は心底自分が情けなくなった。
――間宮さんは吉川のこと好きなのかな……もしそうなら……
淳人はぐちゃぐちゃした自分の気持ちを整理できないまま帰り道を歩き続けた。
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