「菜緒、お疲れ!」
英会話塾のレッスンが終わって帰ろうとした時、菜緒は後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは葉月だった。本来この日は葉月のレッスンではなかったが、講師都合で休みになった分の振替レッスンがたまたま今日になったらしい。
2人はせっかくなので、ファミレスで夕飯を食べて帰ることにした。
「あー、もうすぐバレンタインか」
葉月がメニューに載っているバレンタインの特別メニューを見ながら呟く。
「葉月は彼氏とデート?」
「うん、その予定」
葉月にはバイト先で知り合った大学生の彼氏がいる。付き合い始めてかれこれ半年くらい経つらしい。一度写真を見せてもらったことがあるが、大学生というだけでこんなにも大人に見えるものかと、菜緒は驚いた。写真からでも落ち着きとか包容力みたいなものが感じられるほどだった。
「チョコ買わないとなー」
「作らないの?」
「うん、わたしそういうの苦手だから」
あっさりと言い放つあたりが葉月っぽいなと菜緒は笑った。
「菜緒は?あげるの?蓮見くんに」
「……うん、そのつもり」
「そっかぁ。ドキドキだね」
「うん……で、気持ちも伝えようと思ってる」
そこまでは予想していなかったので、葉月は思わず大声を出しそうになる。
「そうなの?」
「うん、いい加減にわたしも頑張らないとなって」
「……匠に告白された影響?」
「それもある……かな」
菜緒は少し考えながら答えた。匠に告白された時のことを思い出して菜緒はちょっぴり切ない気持ちになっていた。葉月はそんな菜緒の表情を見て、言いにくそうに菜緒に問いかける。
「こんなこと言うのもあれなんだけどさ……匠じゃダメだったの?匠のことちっとも好きって思わなかった?……匠ってさ、確かにチャラくて不真面目なところもあるけど、結構いい男だと思うんだよね……それに菜緒のことは相当真剣だったし……付き合ったら良い恋愛できたと思うよ」
菜緒の淳人に対する気持ちは分かっているものの、匠が菜緒を想う気持ちを知っていた身としては、葉月はどこかやりきれない気持ちが残っていた。そんな葉月の問いに、菜緒は少し考えてからゆっくりと話し始めた。
「吉川くんのことは嫌いじゃない……っていうか、好きだよ……一緒にいて楽しかったし……正直ドキドキさせられたこともある……でもね、ふと1人でいる時に吉川くんどうしてるかなとか声が聞きたいなって思ったことはないの」
「……つまり?」
菜緒の言いたいことは伝わってきたが、葉月はもっと核心に触れたくてあえて続きを要求した。
「吉川くんに対して“もっと”って欲が出たことはないんだ」
「蓮見くんにはそれがあるってこと?」
確かめるように葉月に尋ねられて菜緒は大きく頷いた。
「もっと知りたいな、もっと仲良くなりたいな、もっと声が聞きたいな……そんなことばっかり考えちゃう。恥ずかしいくらいに欲深くなっちゃって……ふとした時も、蓮見くんはどうしてるかな?とか……気がつくと蓮見くんのことで頭も胸もいっぱいになっちゃって」
菜緒は自分に呆れたように笑いながら話した。
「吉川くんと蓮見くんを比べてどうのこうのじゃなくて、ただただ蓮見くんが好き、蓮見くんだから好き……それだけなんだよね」
自分の感情をどうまとめれば良いのか分からず菜緒は困ったように笑った。葉月にはその顔がとてもキレイで幸せそうに見えた。匠には申し訳ないが、これは勝ち目はないわと心の中で匠に同情した。
「そっか……うん、まあ分かる気がするな……他の人がダメとかそういうんじゃないんだよね、恋って。なんかよくわかんないけど、その人がいいんだよね」
「葉月も彼氏に対してそうじゃない?」
菜緒に尋ねられて、葉月は急に恥ずかしくなった。人の話を聞くのは大好きだが、自分のこととなると妙にむず痒い。
「まあ、そうなのかな?……確かにあの人だから付き合いたいって思ったんだよね」
葉月は少し頬をピンクに染めながら菜緒の質問に答えた。そして、何とかはぐらかそうと話題を菜緒の方に戻した。
「……もし匠が聞いてたら結構きつい内容だと思うけど……菜緒の蓮見くんへの強い愛が分かったよ」
「そんな、愛だなんて……」
あまりにストレートな単語が登場したので、菜緒は顔を真っ赤にした。そんな菜緒を、かわいいなあと思いながら葉月は見つめていた。そして、優しく微笑みながら菜緒に言葉を掛けた。
「上手くいくと良いね」
葉月からの励ましに菜緒は想いを噛み締めながら頷いた。
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