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第50話 天敵が恋敵

公開日時: 2022年6月26日(日) 07:00
文字数:2,776

「あー、めんどくせえ」


匠はまた居残りをしていた。今回は数学のノート提出のためだった。圭吾から借りたノートを見ながらノートを写している。最後のページを写し終えたとき、あるメッセージが書いてあることに気がついた。


『居残りしてまた間宮さんに会えるといいな』


軽く舌打ちをした後、匠は強くそのノートを閉じた。


「ったく、うるせえよ」


帰り支度を始めていると、教室の方に誰かが向かっている気配を感じた。何となくだが、嫌な予感がした。そして、入ってきた人物を見て、嫌な予感ほどあたるもんだな、と思った。あちらもその様子でチラリとこちらを見ただけで、自分の机から何かを取ってさっさと教室を出て行こうとした。


「おい、蓮見」


まるで自分の存在が見えていないかのような態度の淳人に腹を立てて、匠はつい呼び止めてしまった。振り向いた淳人の表情は変わらないが、面倒くさいという雰囲気は感じられる。


「今日部活ねえの?」


「今日は筋トレだけで終わりだけど」


「ふーん……」


そう言ったっきり黙っている匠に対して淳人は首を傾げて再度教室を出て行こうとする。


「一緒に帰ろうぜ」


予期せぬ匠の誘いに淳人は「は?」としか言えなかった。匠はそんな淳人にお構いなしで帰りの準備をして淳人の元にやってきた。


「ノート、職員室に出してくるから、靴箱で待ってろよ」


淳人の返事を待たずに匠は職員室に向かってしまった。あまりに勝手な行動に淳人はしらばっくれて帰ってしまおうかと思ったが、後々面倒なことになっても嫌なので、とりあえず靴箱で待っていることにした。


しばらくすると匠がやって来た。淳人の顔を見て少し驚いた表情をしている。


「本当に待ってたんだな」


「お前が待ってろって言ったんだろ。それにいなかったらいなかったで、後で面倒くさそうだし」


淳人の言葉を聞いて匠は「確かにな」と笑った。


2人は昇降口を出て並んで歩き始めた。自分から誘ったくせに一向に匠は話そうとしない。何となく気まずき空気を感じて、やっぱり黙って帰れば良かった、と淳人は後悔した。しょうがないから自分から何か話そうとした時、ようやく匠が口を開く。


「……あのさ」


そう切り出した匠は、次の言葉をためらっているようだった。


「……色々悪かったな」


匠から発せられた予想外の言葉に淳人は驚いた。何も返してこない淳人に匠は苦笑いする。


「なんか言えよ。一応謝ってんだからさ」


「いや、意外すぎて……っていうか別に気にしてなかったし」


「何となくそう言われる気はしたけどな」


そう言って笑う匠を見て淳人は匠の雰囲気が今までとは違っているのを感じていた。


「俺さ、お前がうらやましかったんだよ」


またしても匠からの意外な言葉が発せられて淳人は戸惑った。


「好きなこと続けてるお前がうらやましくて」


「どういうことだよ?」


「……中学の時、俺も部活見捨てたんだ」


次から次へと出てくる想定外の言葉に淳人は頭がついていかなかった。そんな淳人の反応を気にしつつ匠は話を続けた。


「俺、こう見えてもサッカー部のエースだったんだ。結構凄かったんだぜ」


そう言って匠は得意気に笑って見せた。


「でもさ、中2の時に大事な試合でミスして……よりによってそれが3年生たちの最後の大会で……全国行けるんじゃないかなんて期待もされてて……」


淳人は匠の話す内容が自分の経験とほとんど同じであることに驚いた。


「その後さ、先輩たちは引退した後全然口効いてくれねえし、同学年の奴らも後輩も態度変わっちゃってな……部活以外の奴らも素っ気無いっつーか……それまでエースだなんだってチヤホヤしてた奴らが手のひら返しだよ」


あまりにも自分と重なるところが多過ぎて淳人は何とも言えない気持ちになった。


「で、なんか馬鹿らしくなって部活辞めたんだよ……あんなに好きだったサッカーだったのにな……」


そう言いながら匠は悲しそうな表情を浮かべる。


「もしあのまま続けてたら、緑真高校《りょくしんこうこう》に入る予定だったんだ」


緑真高校はこの辺りでは青楓高校と並ぶサッカーの強豪校だ。


「当然その話も無くなって……何となく悔しくてライバル校のここを受験して入学できたけど、まあだからってあの時の悔しさとかが解消されるわけでもなくて……そんな時にさ、お前の噂を色々聞いて……」


匠はそう言って立ち止まった。それに合わせて淳人も歩みを止める。


「最初聞いた話ではさ、お前に同情したんだ。俺と同じような境遇だなって……でも、なんでお前は野球続けられてるのか不思議で、ちょっと探ったら部活辞めてたのにスカウト受けたって聞いて、何で俺には来なかったのにって悔しくなってきて……」


自嘲気味に匠は笑った。淳人は何も言えず複雑な表情を浮かべている。


「まあ、そっからは完全に俺の嫉妬。お前だけズルいってずっと思ってた……でも、違うんだよな。お前にはそれだけの実力があって、しかもちゃんと努力してた……部活辞めてからもずっと練習はしてたんだってな?」


「ああ、まあ……」


「それに推薦断って一般で入ってんだろ?」


「そうだけど……」


匠の問いに答えながら、淳人は自分の情報はどれだけ漏れてるのかと今更ながら少し怖くなった。


「お前、すげーよ」


匠は心からの笑顔を見せた。匠が自分に対して笑顔を見せるだけでも驚きなのに、さらに自分を認めるようなことを言い出すので淳人はどうしたらいいか分からなくなった。とりあえず素直にお礼だけは言おうと思った。


「ありがとう」


淳人の言葉に匠は何も言わずに微笑んだ。淳人はそんな匠を見て、正直な気持ちを言うことにした。


「なあ、吉川……お前本物?」


淳人の問いに匠は一瞬真顔になり、すぐに吹き出した。


「この流れでどういう質問だよ」


「いや、俺の知ってる吉川と違い過ぎて色々追いついてないんだよ……本当ならさ、その過去の話とかにちゃんとリアクションするべきなんだろうけど、お前の俺に対する態度が変わり過ぎてることに驚いちゃって」


それを聞いて匠は「確かに」と頷いた。


「まあ、ギスギスするよりいいだろ?」


「そりゃそうだけどさ……」


「でも、俺からしたらお前もだいぶ変わったぞ」


淳人はあまりピンと来てないようで首を傾げてる。


「たぶん、理由は同じだよ」


意味あり気な匠の言葉に淳人は不思議そうな表情をしている。


「何だよ、それ」


淳人に尋ねられた匠は楽しそうに笑った。


「好きな女」


匠の言葉にして淳人は固まっている。完全に匠のペースで話を進められていてる淳人は混乱していた。さっきまで匠の過去の話を聞いていたはずなのに、いつの間にか好きな人がどうのこうのって話になっている。混乱している淳人をよそに匠は言葉を続けた。


「しかも、一緒だと思うぞ、その女」


「え?」


精一杯の反応をした淳人に対して、匠は笑顔を見せながらその名前を言った。

 

「間宮菜緒」


淳人にとってその日1番予想していなかった展開だった。

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